一通り華子さんの文句を聞く総一郎師長からは、余裕が感じられる。沈黙を守り、華子さんが不平不満を出し切ったのを見計らって口を開いた。
「おお、華子。
言いたいことはそこまでか?
とにかく、今日の大川さんの付き添いは慎重にたのむぞ。
いいか。
勝手な事はなに一つするな。
な・に・一つだぞ。
指示に書かれていることは絶対に違反するなよ。
お前も重々承知してるよな。
病院の指示は?」
総一郎師長が見せた涼しい顔の理由が、今、分かった。完全勝利を確信し、彼は華子さんが白旗を上げるのを待っている。
華子さんの顔はみるみる赤くなる。顔から首、腕、指先まで赤く染められると、華子さんの手は握られたままぶるぶると震えた。
「病院の指示は……絶対です」
首を絞められたニワトリのごとく、絞り出すような声で華子さんは答える。その声と表情に私はゾッとした。
バキっと、プラスチックの割れる音。
何事かと見ると、華子さんの右手には真っ二つに折れたボールペンが。
「おおー、華子。
ボールペン、あげようか?
製薬会社からもらった3色ボールペン、いっぱいあるからな。
あー、でもお前は3色ボールペンはいらないか。
夜勤やんねーもんな。
ハッハッハッハッ………」
総一郎さんは豪快に笑った。全身から喜びがわき立つような笑い声。華子さんの神経を、これでもかと逆なでしてるんでしょう。
華子さんはというと、この世のものとは思えない表情で折れたボールペンを握りしめていた。