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「ちょっと子リス。
ぼおっとしてんじゃないわよ。
もう少し顔に凹凸がしっかりしていれば、その半開きの口からお湯を出してヨーロッパ風の浴槽を作ることもできるだろうけど、こんなのっぺらぼうじゃ家庭用風呂の吹き出し口にしかなんないわよ」

華子さんの毒舌は、今日も快調だ。


「はぁ」と上の空の返事しかできない私に、華子さんは喝を入れた。


「子リス!!
今日の仕事は、気合い入れてちょうだいよ。
大変な仕事なんだからね。

たとえあんたが、猫の爪先ほどの力になれないとしても、仕事は仕事。
お時給発生してんだから、きっちり働いてもらうよ‼」


「はいっ、すいません」

口は悪いが、華子さんの叱咤は真っ当だ。私は華子さんの言葉に身を引き締め、姿勢を正した。




タマミさん捜索から1週間たっていた。


当然だが、藍人くんから連絡は全く無い。もちろん、私の方から連絡なんて出来やしない。


無くした心は見つからなかったが、傷は少しずつ肉芽(ニクゲ)が盛り上がり治癒(ちゆ)されてきた。


後少しで完治する。大丈夫、大丈夫。

そう言い聞かせて、今日の仕事に挑んでいた。




それにしても広い。
と、私は病棟の奥を見通した。


私達2人は総一郎さんの働く病院の7階、内科の病棟にいた。


病棟入口から、1本の廊下で病室が連なっている。いくつ病室があるのか、ここからでは把握(はあく)するのも難しい。中央に中廊下があるらしく、昼食を終えた患者さんがその廊下を歩き病室に戻ってきている。


ナースステーションの前に立っていると、消毒薬の匂いと煮物の醤油の匂いがまじり私の鼻腔を刺激した。


三角きんを頭にかぶった看護助手さんが、小型トラックの荷台ほどのワゴンを押して来た。2人はじゃまにならないように、壁にぴったりと体をつける。


ガラガラと目の前を通り過ぎるワゴンを見送りながら、華子さんに尋ねた。


「華子さん、ここって総一郎さんの病院ですよね。
今日は、ここの患者さんの付き添うんですか?」


「そっ。
大川さんって言って、男性の患者さん。
ここは総一郎が師長してる病棟さ。
今日は大川さんの娘さんの結婚式に……」

と言いかけて、華子さんは私の方に顔を向けた。そして、私を頭のてっぺんからつま先までなめるように見ると、華子さんの表情が曇った。


「それにしてもさ、子リス。
あたし言ったよね。
今日は結婚式に出るんだから、フォーマルな格好しておいでって。
なのに何よ、これ」