父親のお願いというよりほぼ命令を丁寧に化粧箱にしまい、私は深々と頭を下げた。


「お父さん。
莉栖花は夏休み中、向こうの住人になるので、こちらの世界とはおさらばいたします。
長い間お世話になりました」


私の応対には慣れたもので、お父さんは何ひとつ動じることなく、わざとらしく寝室にむかって声を上げた。


「おお、おお。
母さん、莉栖花がいなくなるそうだ。
パソコンの世界に行ったきりになるのか?
1人娘がいなくなったら淋しいなー。

うん、そうか。じゃあ、ご飯もいらないんだな」


父から受ける最大の仕打ちを、私は控えめに受け流した。


「いえ、それはほら。
仏壇にお膳上げるじゃない。
それ位の気持ちで……ねっ。
そんな、贅沢言わないから。
ご飯と味噌と、わずかばかりの野菜があれば……」


「雨ニモマケズか?!
雪にも夏の暑さにも負けずって、そりゃあんなエアコン、ガンガン入れた部屋にいたら負けないだろうが。
そんな殊勝な気持ち持ってるならエアコン止めろ」


「そんな恐ろしい。
エアコン止めたら、パソコンが熱暴走して使えなくなるじゃない」


本気で怒る私に、お父さんは呆れたように眉毛を八の字にしてフッと短くため息をついた。


「部屋にこもってインターネットばっかりしくさって。

だいたい、莉栖花。
お前、高3だぞ。高校3年生の夏休みだぞ。
部屋にこもるなら勉強するとか、金出してやるから予備校行くとか、涼しい図書館で勉強するとか……
なんかこう、やる気ってもんはないのか?」


「お父さん!
この前の模試の結果、見てないの?
あそこからどう頑張ったってどうにもならない事くらい分かるでしょ。
夏休みでどうにかなるレベルじゃないよ」


「えばるな!!」