大の大人の口論を、聞いていられない。私は解決しなけるばならない問題を、抱えている。

「藍人くん。
ちょっと、こっち……」


私は藍人くんを手招きし、リビングの端に呼んだ。


そろそろと私の前に立つ藍人くん。照れた少年は、おもちゃをもらう子どものような目で私を見ている。その表情は憎らしいほど、真っ直ぐだ。

でも、今日は何が何でも確かめねば。


「あのね、藍人くん。
ちょっと訊きたい事があるんだけど」


緊張でのどが乾き、舌が上あごにくっつく。大きく一度、深呼吸したが心拍数は増え続ける。それでも、揺るがない決意をお供に、私は言葉を続けた。


「ねえ、藍人くん。
藍人くん、わたしのツイッター見てる?」


藍人くんの表情を、見逃すもんか。

瞬きもせず見つめると、満面の笑みが消え、藍人くんの表情が一瞬で曇った。それが答えなのだと私にも分かったが、どうしてもダメを押さなければ、今日の私は収まらない。


「藍人くん、正直に言って。

わたしが……
わたしがカリス姫だって……
知ってるよね」


藍人くんはみるみる顔色を失い、うろたえた。その正直さだけが、今の私の、救いだ。


「お願い。
本当のこと、言って」


うつむく藍人くんは、樹木の葉擦れほどの微かな声でやっと答えた。


「ごめんなさい。
見てます、ツイッター。
ブログも、動画も。

知ってました、カリス姫のこと。
1年以上前から」


藍人くんの言葉に、全身の力が抜けていった。


それは、疑問にはっきりとした答えが出た安心感からではない。

リアルの私をどこかで好きになってくれたのではないかという、傲慢(ごうまん)なうぬぼれがあった。

藍人くんの言葉は、それをあっさりと打ち砕く。薄いガラスでできていた希望は、あっけなく砕け散った。


ほらね、そんなこっちゃないかと思ってた。早くに分かってよかったじゃない。


極力、がっかりした顔を見せないように笑顔をつくり、心の中で『あー、清々した』と繰り返す。でも表情筋は正直で、口元をひきつらせた。


「ううん、いいのよ。
別にロックかけてるわけじゃないんだし、自由に見てくれていいの。
ただね、正直に言って欲しいんだけど……
カリス姫のこと知ってる人、他にいるの?
誰かに話した?」


「誰にも言ってません」


藍人くんはきっぱりした口調に、曇りの無い眼差しを付け加えた。

彼の誠実さは本物だ。

これなら、一番大事な質問にも正直に答えてくれる。きっと。