どっかりとソファーに腰を下ろし、華子さんは背もたれに体重を預けて天井を見た。途方にくれたように、天井を見ている。当然、天井に打開策が記されている訳もない。単なる現実逃避だ。


しかし、そこはさずか吉元華子。
誰かのせいにしなければ気が済まないと、怒りの矛先を特定の会社とその社員に向けた。


「まったく!!
エンゼルプランニングの長崎め!
ほんっとに、いいかげんなんだから。
あいつの紹介する仕事、ろくなのないのよ」


今さら怒っても、この事態の解決にはならないだろうに。それでも、ソファーのはす向かいに座る私は、相づちでも打つように尋ねてみた。


「エンゼルプランニングって、華子さんが登録してる派遣会社なんですか?」


「そっ。
いつもは事前にしっかり情報くれるんだけど、今回は急だからってここの住所だけ知らされてさ。
行けば分かるから、とか言われて。

そのかわり、もう一人連れてったら時給出すってさ。
だから、子リスにも声かけたのよ

あいつ、猫の看護だって知ってたんじゃないのかな。
まったく!
後でクレーム入れてやろう」


華子さんはぶつぶつと愚痴をこぼし続ける。そんな華子さんを尻目に、ポシェットからスマホを取り出した。慣れた手つきで動画検索すると、目的の映像はすぐに画面に現れた。


「はい、華子さん。
ありますよ、猫のインシュリン注射の動画」


「えっ?そんなのあるの?」


総革張りの黒いソファーに大会社の社長よろしくどっかりと座っていた華子さんは、私の言葉に驚き、身を乗り出した。


「ほら、ねっ」

ほんの少しだけ下剋上を満喫(まんきつ)し、スマホを華子さんの目の前に差し出した。華子さんは私のスマホを奪うように手に取る。当然のごとく、お礼の言葉はない。まじまじと画面を見つめるだけだ。


「ふーん、そっか。
使用物品は人間と同じなんだね。
ふーん、この辺りに刺せばいいんだ」


ふんふんと頭を縦に振り、何度か繰り返し再生する華子さんの顔はあっという間に自身満々に戻っていった。こんなことなら、しばらく知らんぷしておけばよかったと、黒い心がつぶやく。


「なーんだ、簡単じゃない」

華子さんは、胸を張った。


「分かったんですか?」


「まあね、こんなのあたしにとっちゃ、大したことないわよ」


華子さんの口は減る事がないようだ。さっきまで青くなっていたくせにと言ってやろうかと思ったが、100倍返しされそうだ。ここは、黙っておこう。