「いや、ですからあたしは動物の看護師では……」


あまりの展開に処理能力の容量を超えた華子さんは、珍しく弱気な声で否定した。


けれども、自分の世界に入ったままの奥様の耳には入らなかったらしい。彼女は悲劇のヒロインよろしく、涙をこらえ部屋を出ていった。その表情がお葬式で生かされればいいと、願わずにはいられない。


「あっ…あのー」


奥様の背中に伸ばされた華子さんの右手は、何も掴めなかった。


半開きの口を閉じることもできず奥様の出て行ったドアを見つめる華子さん。その手から、私はひらりと用紙を取り上げ、華子さんの聞えるようはっきり読み上げた。


「ええっーと、
伊集院 タマミ。
16歳。
女。
体重 15.8kg。
既往歴 7か月 避妊手術、13歳 股関節炎 15歳 糖尿病
食事 1日4回 6時 11時 16時 21時
『ネコのご馳走』 1回42g
インシュリン皮内注射 1日4回 食事15分前」


「インシュリン?皮内注射!?」


華子さんは私からカーボン紙をひったくり、穴が空くほど見た。


「皮内注射って……
どうやってするのよ」


華子さんの顔はみるみる青ざめる。


「華子さん、注射したことないんですか?」


たまりたまった恨みを晴らす場を得てた私は、小ばかにするように言ってみる。けれども、華子さんは負けじと反論した。


「あるわよ!人間ならね。
猫だよ、猫。
猫の皮内注射って、いったいどこにすればいいのよ」