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私の自宅から歩いて15分ほどの所に位置するというのに、別世界のような高級住宅街。その中でも、決して見劣りしない豪邸に私と華子さんはいた。


私の家がそのまま入るだろう広さのリビングの中央。


茫然と立ち尽くす2人の前には50歳代位の婦人が立っている。着物の喪服に身を包むこの豪邸の奥様だ。


彼女の華奢(きゃしゃ)な指には、不つり合いなほど大きなダイヤの指輪。

まぶたをコバルトブルーに染めるアイシャドウと相まって、これから参加するのであろう儀式とは大きな違和感がぬぐえない。


けれども、今私達が抱える状況はそんな些細なことなど問題ではない。そのことに、数分前に知る由(よし)となっていた。


「タマミさーん。
ホントにホントに、ごめんなさいねーーー。
タマミさんを独り残して行くなんてー」


奥様はでっぷりと太ったシマ猫を抱きしめ、愛おしそうに頬ずりした。タマミさんと呼ばれた猫は迷惑そうに顔を背けたが、逃げだそうという元気は無いようで、大人しく腕の中に収まっている。


「おーい、タクシー来たぞ。
早くしろ!行くぞ」


玄関から、この家のご主人が大声で呼んだ。


「あっ、はーい」

奥さまは気のない返事をし、私達に歩み寄った。

宝物のように、タマミさんを抱く奥様。
その手には、ヒラヒラとカーボン紙が挟まれていた。


本日の主役、タマミさんは子犬ほどの大きさで、そのたらりと垂れた長い尻尾と毛並みの良さから、ただ者ではない迫力がある。


この家を訪れた時、真っ先に出迎えてくれたのは誰あろうこのタマミさんで、その迫力に感動した私は思わず写メを撮り、ツイッターに上げてしまったくらいだ。
SNSを自主規制していたのも忘れて……


「それじゃ、看護師さん。
よろしくお願いしますね、タマミさんのこと。
タマミさんはとっても淋しがり屋さんなの。
だから気をつけてね。
それにね、重ーい病気を患っているのよ。
いつもは、私がみんなしてあげるんだけど……

タマミさん、今日はこのおばさんでガマンしてねー」


奥様は、再び猫をギュっと抱きしめた。タマミさんは、あからさまにうんざりした表情をしている。