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「ただいまー」
自宅の玄関ドアを引くと、そこには見たこともない格好をする母親の姿があった。
玄関前の廊下の床。
トカゲのように這いつくばり、手足をじたばたと動かしながらそれでもその場から1ミリも移動できず
「うっっ………うぅぅぅぅ……」
とうめき声を上げて顔をしかめるお母さん。
「どうしたの?お母さん‼」
気が動転し、私の声は自然と大きくなる。
「こっ……腰が……」
絞り出すようなお母さんの声に、一刻の猶予もないことを察知し、家中に響きわたる大声を上げた。
「お父さん!お父さん!大変!!お母さんが」
車の整備をしていたのだろうか。
ザッザッザッとアスファルトの上を駆ける足音が、近づく。
作業着を着て首にタオルを巻いたお父さんは、開いたままになっていた玄関ドアの縁に足をひっかけつまづきながら、転がるように外から入ってきた。その巨体に跳ね飛ばされる恐怖を感じ、私は慌てて玄関の端っこに身を寄せた。
「おい、母さん。どうした?!」
「腰……やった……」
と、お母さんの声はか細い。
「またか?
おーおー、よし、分かった。
病院。
病院行こうな。
おい、立てるか?」
「うっ……う……うん、
なんとか……」
お母さんの腕を肩に担ぎ、ほぼ無理やり立ち上がらせるとお父さんは私を見た。
「莉栖花。病院行ってくるから留守番頼んだぞ」
「うん、気をつけてね」
引きずるように母を抱えて出て行く父の姿は、いつになくたくましい。夫婦愛を感じなくもないが、とりあえず今の私は関心無い。
そんなことより、自分の生活に何かしら影響がでそうだ。それだけが気がかりで、急発進する車のエンジン音を聞くと思わずため息が出た。
階段を上る足取りは重い。