「大丈夫。
明日から夏休みだし……

ホントに今日はありがとう。
家族以外に心配されたのって久しぶりだから、嬉しかった。
夏休み、楽しもうね」


ネガティブシンキングの私に思いつく限りのポジティブな言葉を発し

「じゃあね」

と顔の横で手を振ってくるりと方向転換した。


自宅に向かう足取りは軽い。たとえ数分でも誰かに心配された……誰かに存在を認識してもらえた事が、私の身体と心を軽くしていた。数歩進んだ足は、後ろからの声で歩みを止めた。


「あのーー、
僕……僕、桜庭藍人(サクラバ アイト)っていいます」


1年男子……
いや、桜庭藍人くんの初めて聞く大きな声に驚き振り返った。

彼の顔を見つめ、私は手を口元に当てて考えた。


これってやっぱり、自己紹介するべきなのかな。
こんな経験ないからドキドキする。


「えーっと……わたしは…
多部……莉栖花……」


「はい!
知ってます!!」


そう言うと藍人くんは真っすぐに私を見つめ、ニコッと笑った。


あっ、ほんと
かわいい。

なに?
この人生で初めて味わうリア充感。

胸の中でリンゴン、リンゴンと時計台の鐘が鳴り響く。


いやいや、勘違いしたらだめ。
今までこの勘違いで何度、落とされてきたと思うの?
浮かれちゃだめよ。


私なんて、いるかいないか分かんない位で丁度いいの。

5人ずつでグループ作ってたら、最後の最後に、
あれー1人足りないなーって……
ああ、じゃあ莉栖花も入ったら……

位の存在でいいの。

そりゃあ、5人グループが私を抜かして人数ちょっきりだったらさみしいけど『じゃあ、補欠でいいから』って言うくらいの勇気は持ってるし。


浮足だちそうになった自分を戒(イマシ)め、何も言わずサッと方向転換すると家へ向かって全速力で走った。


「あっ……」と、
何か言いたげな彼の声を背中で聞きながら……


あれ?
でもなんで

あの子
………

私の名前、知ってたんだろう。