すると、榊先輩は私に両手を差し出し、抱きしめようとしてきた。

 私はその両手をパシンッと、反射的に、弾くようにして振り払う。

 呆気にとられている榊先輩の顔がちらりと見えて、また吹き出しそうになったけど……それよりも一発お見舞いしてやりたい気持ちの方が勝っていた。


「――って、」


 私はスッとしゃがみ込み。


「言うワケねぇだろうがぁぁぁあああっ!!!」


 今まで受けた暴力分の痛みを1本の足にこめ、榊先輩の顔面を目掛けて、思い切り蹴り上げた。


「ぐぁ……っ?!」


 よし、クリーンヒット!

 榊先輩は大きく蹴り飛ばされ、やがてドサッという音をたてながら地に落ち、動かなくなる。


「……え?」


 春人の震えた声が背後から聴こえた。

 ……あっ、そういえば春人って、私が昔に空手をやっているっていうこと、知っているのかな?暴力女とか思われて、嫌われていないかな……?!

 ビクビクと怯えながら振り返ると、涙を流し、口をぽかんと開けた、なんとも情けない顔をした春人がいた。

 ……違う。私は春人に嫌われたわけじゃない。むしろ、逆だ。

 私が失われた記憶を取り戻したことによって、最近の記憶――春人に告白されて付き合うことになってからの記憶がないんじゃないか……とか、そんなことに対して怯えているんだ、春人は。

 私は春人に近寄り、同じ目線になるようにしゃがみ込み、視線を合わせる。