僕はやっぱり2人の顔が見られなくて、うなだれたままでいた。

 頭や身体を殴られた時の痛みはもちろん、背中に刺さったナイフの痛みさえも感じない。

 何も、感じない。

 こうなってしまった以上、榊くんが“記憶喪失”という単語を口から出してしまった以上、後には退けない。

 たとえ記憶の戻らないままでいられたとしても、失った記憶を求めて、彼女は苦しみ続けるだろう。

 記憶が戻らないままでも苦しみ、記憶が戻っても苦しむ……。

 だから僕は、彼女の両親は、そうなってしまわないように、何も言わずに守ってきた。守ってきたと、いうのに……。


「桃花ちゃん?」

「あ……ああ……あ……!」


 突然、桃花さんは頭を抱えて、苦しそうに声を出し始めた。

 後には退けないと分かっている以上、僕にはもう、どうすることも出来ない。仮に、出来るとすれば……。

 失った記憶を求めて苦しみ続ける彼女の傍に寄り添うか、戻った記憶に苦しむ彼女を抱きしめるか……それくらいしか、選択肢は残されていないんだ。


「ぐ……あ……う……!」

「桃花、さん……!」


 失った記憶を取り戻すのと引き換えに、今の……恋人でいる僕のことを忘れて、榊くんのもとへ行ってしまっても……僕はその背中を、笑いながら見送ってあげられるだろうか。

 でも、“また”僕のことを忘れてしまっても、僕は桃花さんのことを想っていても……いいですか?

 どうか、想うくらいは、想い続けるくらいは、許してください……。