そして一斉にカインさんに頭を下げた。



「娘さんをあんな目に会わせてしまってすみません!」

「完全に俺の監督不行き届きです!」



ペコペコと先生たちが頭を下げる姿は滑稽にもほどがあった。最後に兄貴が冷や汗をかきながら土下座してしーんと静かになる。

カインさんはそんな兄貴の前にしゃがんで、頭を上げてください、と優しく言った。

兄貴は恐る恐る顔を上げる。



「リハーサルのときの注意事項は、観客には一切の被害を出さないこと。見てください、負傷している人はどこにもいませんよ?」

「ですが……」

「あなただけの責任ではありません。ですが、今後はもっと入念に計画を立ててからするべきですね」

「まったくのおっしゃる通りです……」



確かに、リハーサルんときに兄貴は思いつきで計画したと言っていた。エネ校が来るとあって、俄然張り切っていたのだろう。それに、他の先生たちも何か企画をやりたいと思っていたのも応援して、『決闘』という高度な再現をすることになった。


また顔を伏せて兄貴は暗い表情をした。

でも、カインさんの言う通り酷いことは起こらなかった。それもこれもカインさんのおかげ。



「兄貴、謝る前に言うことあんだろ?」



俺は先生たちの驚きの表情を無視してその項垂れている脳天をペシペシと叩いた。

兄貴はバッと顔を上げて俺を見た。俺は無言で頷く。


兄貴はさっきまでの情けない顔から真面目な表情に切り換えて、今度こそ土下座をした。



「ありがとうございました。迅速に行動してくれたこと、感謝します」

「うん。それなら、君の弟君にもしてあげたらどうだい?彼は身を徹してまでミクを守ろうとしたんだからね」

「ヤト、本当にありがとう」

「あー、寒気がする。こんな兄貴見たくなかったぜ。捨てられた子犬みたいにビクビクしやがって!生徒の前でこんな醜態を晒すな!」



俺はぽかーんとして見てくる兄貴を罵った。ソラ先輩がクスクスと笑っているのが聞こえる。



「先生ー?僕から見てもみっともないと思いますよ?おでこに砂付けちゃって……ダッセー」

「……」



兄貴はケラケラと笑うソラ先輩の冗談とも本気とも取れる言葉に固まる。

そして、いきなり立ち上がってぶすっとした。



「すまなかったね。俺はまだ君たちとさほど歳は離れてないから」

「二、三歳の差は大きいですよ?」

「……」

「兄貴、本当に墓穴掘るから黙ってろ」

「……うん、そうする」



俺はため息混じりに言った。兄貴は口を結んで少し後ろに身を引いた。余程ソラ先輩に笑われたのが恥ずかしかったのだろう。

アラン先輩はまだ項垂れているラルクを睨み付けていた。



「さて、どうしますか?こいつの処分は」

「ひっ……」



ソラ先輩がいきなりラルクの話題を出すから、すっかり怯えていたラルクが短く悲鳴を上げた。

『決闘』のときの威勢はどこへやら。



「退学」

「ちょいちょいそれは無理だってばアラン。義務教育なんだから」

「ちっ……」

「それなら、この学校に転校させるのはどうかな?」

「転校?」



俺は思わず聞いていた。転校なんて前代未聞ものだ。

カインさんは軽く頷いてから続ける。



「そう。エネ校の生徒会長を辞めて、この学校に転校する。だが、普通に授業を受けてもらうわけではない」

「?」



先生たちの頭の上にハテナマークが浮かぶ。もちろん、俺の頭にも。



「四年生なんだから、今さら魔法の授業以外を受けてもさほど意味はないだろう。だから、この学校の雑用係として使うのはどうだろうか」

「雑用って何するんですか?」

「そうですね……教師寮の従業員はどうかな?それなら、生徒との接触も最小限に食い止められる。そして、これは俺個人の要望なんだが……」



エネ校が転校を素直に受け入れてくれるのか、と疑問に思っていると、カインさんが驚くべきことを口にした。



「彼に、是非とも剣術を教えたい」

「剣術をですか……?」

「ええ。剣術はありとあらゆる心の強化をすることができます。そうすれば、彼の自信にも繋がるし、社会に有望な人材を送ることができます」



ほう……と先生たちは声を漏らした。このままみすみすエネ校に帰しては、この騒動は示しがつかなくなる。でも、だからと言ってどうすることもできない。未成年はまだ牢屋には入れられないのだ。

それなら、前例がないとは言え逃げ道を作ってあげるのはいい案だ。

エネ校に帰るのなら、すべて学校側に報告した上での生活となる。周りの視線を気にしていたらそのうち病んでしまうだろう。

それなら、下働きだけどこの学校に転校して指導してもらったほうが楽っちゃ楽だ。


どうするかは、本人次第。



「さて、どうする?帰るか、残るか」

「……これから、よろしくお願いいたします」

「よろしい」



ラルクが今度は土下座をした。そして、後ろに控えていた部下たちに伝える。



「こんな不甲斐ないやつで悪かったな。おまえたちの中からひとり選出して、次期生徒会長として頑張ってほしい」

「会長……仕方ありませんよ。魔法については厳しく取り締まっていますから」

「ありがとう……」



少し涙ぐんでいる部下たち。その顔を染々とラルクは見つめた。

そこへ、チサト先輩が物凄い形相ですっ飛んで来てドスの効いた声で言い放った。



「私の傑作を土下座なんかで汚さないでよ!!」