「イタタタ……」



頭痛でガンガンするからこめかみを思わず押さえる。身体が怠い。

よっこらしょ、と上半身を上げれば二度目の風景が広がっていた。

ここは、保健室のベッドの上だ。



「起きた?」



ふと声のした方向を見れば、チサト先輩が隣のベッドに座って本を読んでいるのが見えた。今はその視線が本ではなく私にそそがれている。



「たぶん……」

「変なの。寝惚けてるの?」

「頭が痛くて……」

「頭ねえ……倒れた時に打ったのかしら」

「あっ!ヤト君はどうなりましたか?!」



私は倒れた、という言葉で思い出した。確かヤト君が私を庇っていたはず。

でも私は自分の叫び声でこめかみをまた押さえた。



「……しょうがないわねホント、見ててまどろっこしいわ。まあ、ヤトは無事よ」

「良かった……」



ほっと胸を撫で下ろす。そんな私をチサト先輩は無表情で見ていた。



「あのあとどうなったんですか?」

「あのあとねえ……どこまで覚えてるわけ?」

「ええっと、お父さんが踊り出たときぐらいです」

「そう……カインさんはあなたに飛んでいった火の粉を刀で凪ぎ払って消したわ。ヤトは気を失ったあなたと一緒に倒れて軽傷。もう治ってるから心配する必要はないわよ。

それで、いったん『決闘』は中止。アラン先輩はラルクさんに掴みかかったけど、いざこざは防ぎたかったからソラ先輩が止めたわ。でも、ラルクさんの話じゃそんなことしてないって言うのよね。その必死の形相で嘘は言ってないとは思うけど……どうかしらね。人間の本性なんてわからないものよ」



チサト先輩は保健室に活けてある花を見ながら静かに言った。

ラルクさんは確かにまだよくわからない人だけど……卑怯なことはしないと思う。あんな無差別行為を簡単にやろうとは思わないはずだ。

もしかしたら、お客さんや自分の学校の生徒にまで被害が出ていたかもしれないんだから。



「あのー……ところで、今って何時ですか?」



窓の外を見れば昼ぐらいだっていうことはわかる。でも、あれからどれぐらい経ったのかを知りたい。



「一時ぐらいね。あなたが倒れてから一日ってとこかしら」

「一日?!」



また長時間眠ってしまっていたらしい。どれだけ時間を無駄にしているのだろうかと落ち込む。

普段は寝坊とかしないのに……



「取り敢えず、今日は振休で学校休みだったから良かったわね。私はタク先生に報告してくるから、あなたはここで安静にしてなさいよ」

「はい……」



そう言えば、チサト先輩は私服だった。気づかなかったよ……でも、私はドレスのままだった。

早く着替えたい……


チサト先輩が保健室から出て行ってから、ぼーっと外を眺める。ここは冷房が効いているから涼しいけど、外は暑いんだろうな。

と、頭痛が少しでも和らぐように思考を停止させていると、ベッドの上に赤いネコがぴょいっと飛び乗ってきた。あぐらをかいている私の膝の上にどくろを巻く。

なんとなくその小さな背中を撫でれば、満足そうに目を閉じた。

ついつい口元が綻んでしまう。アニマルセラピーとはよく言ったものだ。


しばらくネコと微睡(まどろ)んでいると、今度は青い犬がベッドのはしに前足を乗せて私を見てきた。ネコは少しだけ瞼を上げて犬を見たけど、すぐに閉じた。

犬は構ってほしいのか、キラキラと私を見上げてくる。仕方ないなあ、と私はその頭を撫でた。

犬は前足の間に顎を乗せると、そっと瞳を閉じた。立っている耳をべたーっとさせても動じない。

なんだか面白くなっていると、今度は肩に赤い鳥が乗ってきた。これはお父さんのマナだろう。

私の髪の毛をつついたり引っ張ったりして遊んでいる。こらこらと手を降っても飛び立って避けてはまた戻ってくる。そしてまた弄りだすのだ。


わらわらとマナたちに囲まれていると、保健室のドアが開かれた。最初に入って来たのはヤト君で、続いてアラン先輩、そしてお父さんが慌てた様子で私を見た。

そして一様にほっとした顔をする。



「いきなりマナがどっかに消えるもんだから焦った」

「しかも案内するみたいに、な」

「もしや、と思って来てみれば……」



それぞれが顔を見合わせて口にすると、同時にため息が起きる。そして、ふと気づけばマナたちは消えていた。



「おまえ大丈夫か?腹減ってないか?」

「お腹?すいて───」



ない、と言おうと思ったら、盛大にお腹の虫が鳴いた。ぐう~!と鳴ったからお腹を慌てて隠す。



「……すいてる」

「そりゃな……」

「他に異常はあるのか?」



先輩が心配そうな表情で顔を覗きこんでくるから咄嗟に顔を伏せた。いつになく近い……

私は照れ隠しにぼそぼそっと呟いた。



「頭痛が……あれ?」

「どうした?」



私が驚いた声を出したから、お父さんが不思議そうに聞いてきた。先輩は顔を離してチサト先輩が座っていたベッドに腰をおろす。



「さっきまで頭痛が酷かったんだけど、嘘みたいに痛くない」

「ただ治っただけじゃね」

「そうかなあ……まあ、いっか。治ったならそれで」



私はうーんと腕を伸ばしてのびをする。でもドレスだから控えめにだけど。

欠伸も出てきたから口を手で押さえていると、アラン先輩が食事取ってくる、と言って保健室から出て行った。



「ミク、変な夢とか見ないか?」

「変な夢?」

「そうだ。寝ている間に寝言が多かったから気になってな」

「寝言……もしかして、なんか言ってた?」

「いや、聞き取れない程度の寝言なんだが、『またここ』という言葉だけは聞き取れたんだ」

「夢なら見てるよ……」

「内容を聞かせてくれないか?誤魔化しはやめてくれよ」

「……」



肝心なところを言わずにアラン先輩とヤト君に言ったことを、お父さんはきっと知ってる。だって、前置きでそう言うなんておかしいもん。

ちらっとヤト君を盗み見れば、バッチリ視線が合っちゃってぷいっとそらされた。話さないといけないんだね……


私は、タク先生と一緒に戻ってきた先輩も交え、夢の真実を語った。