「アラン先輩大丈夫でしょうか……」

「平気だよ。カイルとラセスの『決闘』だって、見事カイルの勝利で終わってるし」



時間は流れて、リハーサルを終わらせた双方はいよいよ本番を迎えようとしている。観客席はほぼ満員。一般のお客さんを含め、エネ校とナヴィ校の生徒も座っている。校舎内からこちらを見ている人も窺えた。

校庭に作られたフィールドで、青の軍服を着たアラン先輩、黒の軍服を着たラルクさんが対峙している。二人の後ろにはそれぞれのマナが牽制しあっていた。

青い犬と、赤いトラ。

興味深いのか、先生たちのマナや先輩たちのマナも面白そうに眺めていた。

今私がいるところは、フィールドの隅っこ。サッカーでいうベンチみたいなところだ。生徒会メンバーはここで観戦することになった。ラルクさんの部下は向かい側にいる。



「これより、『決闘』を始める。双方、構えよ」



そして、なんとこの『決闘』の審判はお父さん。先生たちは万が一のときを考えて、いつでも動き出せるように配置されている。それに、審判は平等でなくちゃいけないから、第三者のお父さんが抜擢されたらしい。お父さんは魔法の力が強いから、我が身に危険が迫っても大丈夫だろうし、ということでもあるらしいけどね……

お父さんの言葉で二人は意識を集中させた。生徒同士の魔法のぶつかり合いなんて滅多に見られないから、私たちは皆固唾を飲んで見守る。

ふっ……と双方のマナが消えた瞬間、お父さんは開始の合図を出した。



「始め!」



その声と共に、周りの空気が一気に息苦しくなった。それもそのはず、ラルクさんが腕を動かして、炎の玉をぐるぐると自由自在に操っているからだ。その熱気が空気中の酸素を食べて私たちは息苦しくなったのだ。

むっとする熱気を感じながら、私はアラン先輩に目を向けた。アラン先輩は微動だにせず、目を閉じている。

どうしたんだろ?



「アランのやつ……随分と余裕だな」



ソラ先輩も呆れたのか苦笑した。確かに、アラン先輩はすました顔でじっと立っている。

でも、突然アラン先輩の足元からふわっと風が舞った。それは渦状に先輩の周りを取り囲んで、徐々に加速していた。

ラルクさんは何かを感じ取ったとか、炎の玉をアラン先輩へと勢いよく飛ばした。それに周りははっとする。

その攻撃は、容赦がなかったのだ。一直線にアラン先輩目掛けて飛んでいく。待機していた先生たちが慌ててその炎の玉を消そうと構えたその時、凄まじい冷たい突風が私たちを襲った。

アラン先輩の周りにあった渦が、飛行していた炎の玉をぶわっと蹴散らす。


先輩は静かに瞼を開くと、鋭くて冷たい視線をラルクさんに向けた。



「殺る気か……?」



しーんと静まりかえった闘技場に響く先輩の声。その声色にはまったく感情が込められていなくて、私は背筋がぞっとした。

先輩が、先輩じゃないみたい。



「ふん、だったらどうした。臨場感があっていいと思わないか?それに魔法は極限状態でこそ、真の力を発揮する」

「なるほど……」



先輩は少し目を伏せると、少し間を置いた。そして、はっきりと宣言した。



「手加減は無用だ」

「誰にそれを言ってるのかな、俺を見くびってもらっては困る」

「後悔するなよ」



先輩は冷たくそう言い放つと、今度は大きな水の犬を出現させた。それはマナそのもの。

それに気づいたラルクさんは、答えようと炎のトラを出現させる。どちらも鼻面にしわを寄せ、牙を見せつけあっていた。


……そして、どちらからでもなく、衝突した。

その衝撃波が闘技場を飛び越え、校舎の窓ガラスをガタガタと揺らす。窓から覗いていた人たちが驚いて顔を引っ込めた。幸い、窓を開けることを禁じていたから校舎内に入ることはなさそうだった。

でも、この風凄いっ……熱いんだか冷たいんだかよくわからない。


私たちは全員風に耐えるために身体をかがめた。少し収まってきたところで恐る恐る顔を上げると、まだ犬とトラが威嚇しあっている。



「本気を出せ」

「くっ……」



アラン先輩が挑発するように言うと、ラルクさんは苦しそうな表情で先輩を見た。

何が起こったのかはわからないけど、恐らくアラン先輩の方が威力が強かったから、ラルクさんは圧されているのだろう。初めてその表情を崩した。



「止めるか?」

「……まだだ!まだやれる!」

「なら、次で決着をつけるぞ」



アラン先輩がすっと指をラルクさんに向けると、犬がそれに従って突進していった。トラも負けじとぶつかっていく。

また衝撃波が来る……!

と身構えていたら、そのトラは犬にぶち当たる寸前に火の粉となり辺りに飛び散った。その火の粉はアラン先輩の周りに降り注ぐ。

ということは、私たちの方向に飛んで来てるってことで……



「危ない!」



誰かの叫びで私は見上げた。そこには燃え盛る炎。青い空から降ってくるそれは真っ赤な太陽を思わせた。

熱気が直に伝わってくる。火の粉が風をきる音も聞こえる。

でも、避けようと思っているのに身体が動かない。それは、私は自分の安否よりも、アラン先輩の方が気になってしまって反応が遅れたからなのだ。

アラン先輩は虫を払うかのように火の粉を水で消し、誰かの叫びで私の方を見た。そして冷たい表情をしていたその端正な顔に驚きと焦りが浮かんだ。


私は、どうなるの……?


あの火の粉が私に当たれば、この身体は燃えるの?お父さんと同じ目に会っちゃうの?

嫌だな……誰にも悲しんでもらいたくない。お母さんは泣きながらずっとお父さんのそばを離れなかったっていう話だし。


火の粉を見つめていたら、横からどんと押されてその赤い玉が視界から逸れた。振り向けば、ヤト君が私を抱き抱えるようにして覆い被さろうとしているのが見えた。

庇おうとしてる。

ヤト君は火の粉から私を守るために身体を張って行動したのだ。見慣れない軍服に身を包んだヤト君は、火の粉に向かって具体化させたネコを放っていた。

でも、間に合わない。


私はヤト君の体温を背中で受けながらぎゅっと目を閉じた。腰に回ったヤト君の手を知らず知らずの内に握り締める。ヤト君はそんな私をさらに強く抱き締めた。

すべてが、スローモーション。


そして、最後に視界に映ったのは……


刀を振りかざして、私たちと火の粉との間に踊り出た左腕の無いお父さんの後ろ姿だった。