『でも、まだ触れないんでしょ?』

杏里の言葉が痛いほど頭に響いた。
もうあれから9年も経つのにまだ捕われている。

結局その後の授業も一切頭に入る事なく放課後になった。ざわざわと教室が帰宅ムードになり自分も鞄をもって教室を出る。

「響、まっ」
「悪い、一人にして」

美希が心配そうに声をかけて来たが相手をする余裕がなかった。

「…ありがとな」
「ううん…」

美希の頭をポンと叩き教室を出た。





「美希」

呼ばれて振り返ると帰り支度をした杏里が立っていた。

「…もうアイツだって分かってるんだよ。立ち止まってちゃいけないこと」
「…でも」
「もうすぐ10年だよ?アイツの…響のお父さんが亡くなってから」

杏里の長い髪が風に揺らされた。

「もう、時効だよね」

眉をハの字にしながら杏里は笑った。
美希は静かに鞄をにぎりしめる。

「おじさんは、どうしてほしいかな…」
「…弾いてほしいんじゃないかな、やっぱり」

美希の問いに杏里が答える。

「ギターは響とおじさんを繋ぐ絆だから」
「…絆…」

今でも目を閉じれば美希の脳裏には親子揃って音楽を楽しむ姿が映る。

「うん…そうだよね」
「…帰ろ、美希」

鞄を持ち二人は教室を出た。