「大成。……たいせー!!」




麗らかな日差しが降り注ぐ、午後の教室。



その、後ろの壁に寄りかかって座り、スマフォをいじる男…



友利大成の元へと向かって…


俺はつかつかと歩いて行った。




何度呼んでも気づかないのは、どうせまた、トリック(※スノーボードハーフパイプで、空中で行う技のこと)のことでも考えていたのだろう。






耳に付けたイヤホンを外してやると。


ヤツはきょとん、とした顔つきで…俺を見上げた。




「……?何。」




スノーボードではライバルである俺も、ここではヤツのクラスメートで、友達でもある。


それから…、ただの、イチ生徒。




大成もそれは同じで……、シーズンが明けると、こんなにもマイペースで大らかな人間へとなってしまうのだから、そのスイッチの切り換えは…凄いとさえ思う。


勝負師の面影さえない、見事な…、スイッチオフ。



ギャップは…半端ない。





床に転がり落ちたイヤホンからは、レゲエ独特の、グルーヴィーなベース音が溢れて来た。







「さっきから教室の入り口で女子の皆さんがお前を待ってんだよ!」



「……?何で。」


「……。何でって…、いーから行ってやれ。……つか、さっきから何見てんの?」



「デイビットのトリプルコーク(※)の動画。」



「……ああ、神だな、彼は。」



「確かに…。」




俺らはふうっと溜め息をついて。



窓の外、高い空を…見上げる。





リップギリギリから飛び出し…7メートル超まで上がるジャンプ。


群を抜いた…神業の数々は、


絶対王者の風格に相応しい…ダイナミックなもので。


俺はもちろん…大成にとっても、越えなければならない、高い壁であった。



大成が優勝した大会では、怪我の為…欠場。



彼と直接対決した、某有名スノーボード関連会社が企画・運営する、オープンイベントシリーズ最終戦では――



圧倒的な差で大敗を喫していた。








「トリプルコークか…。」




焦げ茶の瞳がわずかに揺らいだ。



一瞬の…スイッチオン。



次の照準を、夢を…定めた瞬間だった。







「……ハッ…、そうじゃなくて、女子…!」



「……あ。そうだった。」


頭ん中はバカがつくほどスノーボード一色の癖に、


ヤツの人気は…鰻登りだった。




多分、本人は気づいてもないんだろうけど…。







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※ 「バックサイドトリプルコーク1440゜」 …バックサイド側の壁で行うトリック。空中で横に4回転する間に、縦に3回転する。