ザァーッ
ひどく雨が降る夜。
君と俺は出会った。
「桐原くーん。君、仕事舐めてるでしょ」
桐原 徹、23歳。
普通の大学を卒業し、一般企業に就職した。自分で言うのもなんやけど、人生というものに躓いたことはない。中学、高校、大学では部活動であるサッカーに夢中になり、毎日が輝いとった。心から尊敬する先輩達と共に頑張った青春は、俺の中の一番の宝やった。
そして月日は流れ、そんな輝いとった俺からは想像できひんような、平凡で当たり障りない生活がすぐやってきた。
元々ドライな性格やったからか、やる気がない、目が死んでるとか、昔から周りの人にはよう勘違いされる。
「はぁ、これでもやる気、あるんすけど」
「はいはい、わかったから。じゃあ、君、帰っていいから」
「……はーい」
東京って、住みにくい。
大阪から上京してきて、最初は東京の冷たさに驚いたものだ。
佐々木部長もそうやけど、俺には東京モンみんながお高くとまっとるように見える。
時には本当に苛々してまう時があるが、俺の性格上爆発させる事はまず無いし、それに怒るだけ無駄だと社会に出て思い知らされた。
「あー、死にたい、ほんまに」
目を閉じれば思い出す。
楽しかった、夏。
部活に必死で、悔しくても、楽しくて。
「……」
あの頃に戻りたいとは思わない。
だって進まなくては変わらないから。
**********
ザァーッ
貴方は天使?
それとも悪魔?
『きゃあ!』
「うるさいっ!お前等さえいなければ俺はもっと出世出来るんだよ!」
「あなた!落ち着いて下さい!」
ガシャンッ
『……っ!』
壊れてる。
何もかも。
「友香!あなたは二階に行きなさい!」
『……う、うん』
毎日のように振るわれる暴力。
怖い?
違う、そんな事ない。
ただ父さんが嫌いで仕方がないだけ。
下から母さんの泣いて詫びる声が聞こえる。
どうして母さんは父さんと結婚したの?
どうして私を生んだの?
ねぇ、わからない。
「おいっ!だいたいお前が悪いんだよ!なんでお前が家にいるんだ!」
ぎゅっと耳を両手で覆った。
嫌だ、聞きたくない聞きたくない!
「やめて下さい!友香は何も悪くありません!」
「そうだなっ!お前の育て方が悪いから薬なんかする子に育ったんだ!」
違う、母さんは悪くない!
ああ、助けて、誰か……!
「佐々木家にこんな娘いらなかったんだよ!」
そう、私は逃げてる。
向き合うことを恐れ、私は今日も自分を傷付ける。
母さん、ごめんね。
**********
ザァーッ
「……誰」
男は深くフードを被り、片手をポケットに突っ込み、もう片手で血が滴るナイフを握っている。
『あ、あなたこそ……、』
女は同じようにフードを深く被り、両手で持っていた何の汚れも無いナイフをカシャンと落とした。
出会ってしまった。
出会ってはいけない二人が、今、ここで。
神様は見ていたのだろうか?
見ていてこの出会いを許したのだろうか?
もし、見ていたとしたならば、
きっと神様は人間なんか愛していない。
だって、人がまた、
死ぬ事になるのだから。
「あははっ!」
夜の繁華街。
その明るい場所から少し歩いた所にサラリーマン達の行きつけの通りがある。
「なーにー!?」
「だってぇー!」
中年男性の酔った声と若い女の媚びた声が至る所から聞こえる。
それに混じって、スカウトや呼び込みの店員の声が聞こえる。
「(……眩しー)」
無理矢理連れてこられた俺は可哀想や。
まぁ一番下っぱやし、仕方ない事やと思うけど。
先輩方は俺にこの中年男を押し付けて帰りよった。
「部長、帰りましょ、奥さんが心配しますよ」
「あー?いいの!あんな老けた妻と道具同然の娘なんかー。ま、今日も道具として遊んで来たんだけど!ははっ!ほら、次行くよー!」
「きゃー!オジサン素敵ー!」
どないしたらええんや。
完全に酔っとる部長も、まとわりついてくる女も、纏めて殴ったろか。
昔は早く大人になりたかった筈やのに。
今は淀み過ぎていて目眩がする。
俺と部長は女達に、妖しく光る店内へと案内された。
「うわ、……くさっ。」
思わず手の甲で鼻と口元を隠した。
「あー、桐原君は子供だねー。いやいや」
「きゃーん、お姉ちゃん達が相手してあげるー!」
「はは……、すんません。トイレ行ってきますわ」
甘ったるい声と甘ったるい香りに、俺は具合が悪くなり、トイレへ逃げた。
「……はぁ」
毎日疲れる。
何で俺がこんな事……。
今更やけど、1つ先に社会人になった先輩が言うてた事が身に染みる。
“社会人なんか、つまらんで?”
先輩は、早く大人になりたいと言った俺に、そう苦笑いしながら呟いた。
ふと鏡を見ると、俺は自分の顔に驚いた。
「老けた、な」
眉間にはしわが寄り、髪も乱れている。
「……戻らな」
俺は顔を水で洗い、気持ちを引き締めた。
トイレを出て、席に戻ろうとした。
「遅れてすみま……、」
「あー、さっきの若造君?ははっ、アレ、使えないよ。バカ、無能、役に立たないし」
は?何?俺の悪口?
俺が帰ってからにしてくれへんかな。
「えー、可愛い顔してたじゃなーい?」
「だめだめ、ありゃ、小さい頃から甘やかされてきたよ。不良だったんじゃないかな?」
「ええー。そーなのぉ?」
「そうそう!ガキの頃にどんなやつに育てられたんだって感じだよ、まったく」
「きゃはは!」
「おじさん、それよりお酒飲みたーい!」
「じゃあ酒追加しちゃおうかぁ!」
「きゃー!さすがぁ!」
賑やかな光景とは裏腹に、俺の心は真っ黒に染まりかけていた。
俺が、無能?
否、それ以前に、
“ガキの頃にどんなやつに育てられたんだって感じ”
ふざけんな……っ!
俺をここまで育ててくれたんは、親だけじゃないんや。先輩やサッカー部の皆に育ててもらったんや。俺を悪く言うんは構わんけど、俺を育ててくれたやつを悪く言うんは許さへん。
絶対に。
「……部長、遅れてすんません」
「お、桐原くーん、ほら、飲んで飲んで!」
「ははっ、ありがとうございます」
俺は笑った。
静かに芽生えた黒い感情を隠すために。
「じゃあ、そろそろ失礼しますわ」
「はーい、じゃあねーん」
あれからまた暫く飲み、俺は帰ることにした。
部長はまだ飲むと席を立たない。
「ほな、また」
また。
俺は店を出て、家まで走った。
急がなくては。
今日しかアカン。
今日しか無いんや。
俺は無我夢中で、煌びやかに光る繁華街を抜けた。
そして俺は家に帰り、私服に着替え、フードを深く被った。
そして再び繁華街へ行き、店から出て裏路地を通って帰ろうとする部長を見つけた。
俺は、蓄めて蓄めて、爆発させるほうやと思う。
「……佐々木部長」
俺の視界は赤に染まった。
**********
カタカタカタカタ
体が震えている。
怖い、怖いと叫んでいる。
「友香ー?パパですよー?」
ギシギシと音をたて、二階へと上がってくる足音。
その足音が私の部屋の前で止まった。
カチャン
ギィィィイ
「どーしてパパを無視したりするの?」
見なくたってわかる父さんの表情。
笑っている。
娘で今から遊ぶ事を楽しみにしている。
「ほら、起きなさい。早く起きて、着替えなさい」
無理矢理布団を剥がされ、父さんに服を渡された。
「今日はこれ着てね」
私はゆっくりと体を起こし、着ていたものを脱ぎ、渡された物を纏った。
「やっぱり、パパの子だねー」
ひらひらとレースが付いたワンピース。
今の私には抵抗と言う言葉はなかった。
抵抗すれば時間が長くなるから。
それだけは避けたかった。
『と、父さん』
「んー、足、開いてごらん?」
にやにやとまとわり付くような視線が気持ち悪い。
娘に対する視線じゃない。
父さんは異常だ。
『……っ、く…、うぅ、』
「ほら、開脚したら何て言うの?友香ちゃん」
『っ、……っく』
「言いなさい」
ああ、私も異常だ。
『な、……舐め、な、さい』
ぎゅっと目を瞑り、衝撃がくるのを待った。
恥ずかしい部位に、父さんの荒い息がかかる。
嫌だ、嫌だ。
「おいしいねぇ。」
『っぐ、ひっく、ぁあ、』
ざらついた感触が嫌だ。
もう涙しか流れない。
怖くて、怖くて。
「じゃあ、入れようか。」
『!?』
「今更でしょ、ほら、父さんの。」
普通の親子ってなんだろう。
私は嫌だと首を振った。
無意味だと知っているけど。
「父さんの道具だろ?父さんが居なくちゃ何も出来ないだろう?」
『っ、……嫌、嫌だ!』
私はバタバタと足を動かした。
嫌だ!
父さんの道具になった覚えはない。
『私は父さんの道具なんかじゃない!』
「ひゃひゃ、馬鹿だねぇ」
掴まれた手首が痛い。
晒した陰部が恥ずかしい。
『父さんは、……私の父さんなんかじゃない!』
「……あぁ、そう、なら入れるから」
『!?……っい、痛い!痛いよ!父さん!』
「ははっ、若いなぁ!」
『い、嫌、いやぁぁ!抜いて、抜いてぇ!』
私は体を捻ったり、足をバタ付かせたりしたが、父さんは律動を止めてはくれなかった。
ベタついた体が気持ち悪い。
嗚咽と一緒に勝手に出てくる自分の声が嫌だ。
気持ち悪い。
父さん、私、父さんが嫌いです。
「じゃあ、父さんは飲み会に行ってくるから」
『ん』
「逃げちゃ、だめだよ」
『はい』
「じゃあねー。3時には帰ってくるよー」
私は父さんが部屋を出た後に、父さんから放たれた欲を自ら指を入れて掻き出した。そして、体を赤くなるほど洗い、服を着た。
リビングのソファーに横になり、時が来るのを待った。
そう、今日しか無い。
今日しか出来ない。
私は夜中にフードの付いた黒いコートに身を包んだ。
母にどこに行くのか聞かれたが、何も言わなかった。
母さん、ごめんね。
向かうは繁華街。
黒いコートの内ポケットに財布と大切な物を入れ、私は家を後にした。
もう、後戻りはできない。
**********
ザァーッ
「……佐々木部長」
「な、なんだね、君は」
あからさまに同様する中年男性は、持っていたカバンを男に振りかざした。
「や、なんなんだ!」
「俺、もう疲れましたわ」
パニックに陥る中年男性の腕をガシッと掴み男は笑った。
「さようなら、佐々木部長」
中年男性の腹部から血が滲み、男の持つナイフを伝い地面へと血が滴る。
無表情で男がナイフを抜くと、血が勢い良く流れ出てきた。
ナイフからは、まだ血が滴っていた。
カシャン
「……誰」
男が振り向くと、黒いコートを着て、深くフードを被った少女がいた。
地面にはナイフが落ちていた。
『あ、貴方こそ……』
同様しているように見えたが、少女は至って冷静に落ちたナイフを拾った。
そして、男に聞いた。
『……名前は?』
男は少し笑って、少女の頭をナイフを持っていない方の手で撫でた。
「ははっ、お嬢さん、若いのに驚かへんの?まぁ、ええか。俺は桐原徹や」
『名前、教えていいの?』
少女の問いに、桐原は困ったように眉を寄せたが、少女を見つめて言った。
「アンタの名前は?」
『……友香』
桐原は友香の答えに満足したのか、にっこりと笑った。
「仲間、やな?」
『……』
お互いに見つめ合い、笑った。
そして二人は、どちらからともなく手を取り合い、唇を重ねた。
『……どうしてかな』
「さぁ、わからへん」
二人が手を離した頃には、夜は明け、薄暗い裏路地に鮮明な赤が照らされる。雨の所為か、血が至る所に跳ねていた。
「一緒に、来るか?」
『……うん!』
再び繋がれた手が、二人の禁じられた愛の始まりだった。
[今朝、都内にて殺人事件がありました。桐原徹容疑者は……]
朝、桐原が風呂から上がり、何気なくテレビを付けると、気難しい顔のアナウンサーの横に自分の顔があった。
[被害者の方は、加害者の上司だったそうです。]
中学の時のアルバムの写真だろうか。少しだけ日焼けをしている。あの時はサッカー漬けの毎日だったとうっすら思い出が蘇る。
「犯罪を起こせばほんまに写真って載るんやな、もっとええ写真あったやろ」
どこか他人事のようなコメント付きでテレビを眺め、表情を曇らせた。
[加害者は被害者に何らかの妬み、恨みがあったと考えられますね。]
「ははっ、バレとる」
桐原の上半身を髪から滴る生温い水と汗が流れ落ちる。
「……」
桐原は両手に目線を落とし、感覚を取り戻すかのように手を握ったり開いたり繰り返した。
不思議と昨日の感触を覚えておらず、本当に自分が人を殺せたのか。という不安さえ覚えた。
「うわっ、血なまぐさっ!」
しかし昨日着ていた服や、犯行に用いたナイフなどが鮮やかな赤を残し、その時の様子を物語っていた。
桐原が着ていたものを洗濯機に放り込んでいると、背後から声がした。
『とーる、どーするの?』
不安げに桐原を見上げるのは友香。
「どうって……、」
[同時に娘さんも誘拐されたようです。どう思われますか?]
「……お前誘拐されとるんやて」
『はは、仕方ないなぁ』
これからは逃げなくちゃね、と軽く笑い、友香はリビングのソファーへ座った。
その横に桐原も腰を下ろした。
びくりと友香が震えたのを桐原は見逃さなかった。
「……お前、佐々木部長の娘やろ?なんで俺を殺さへんの?憎くないん?」
桐原はコーヒーを片手に友香を見た。
『と、父さんは、私を道具としか見ていない、から』
「……ふぅん」
まだ高校生と言う立場で男に犯された友香。ましてやそれが父親。普通ならば狂ってもおかしくない。
『……徹は?父さんが嫌いだったんでしょ?』
「いや、嫌いな訳やない。ただ、大切な人を、けなされて」
『そっか、』
桐原は無言で友香の肩に頭をのせた。
友香は少しだけ戸惑っていたが、桐原の頭に自分の頭をのせた。
「……男が怖くないん?」
『……わからないけど、徹、だからかな?』
困ったように苦笑いする友香の頭を引き寄せ、桐原は耳たぶを軽く咬んだ。
「ほな、こういう事も?」
『……っ、う、ん、』
友香が頷いたと同時に桐原は友香が着ていた服をたくしあげた。
そして桐原の優しい愛撫と気持ちに、友香は身も心も委ねた。
二人が男女の関係になるまでには、1日もかからなかった。
『ねぇ、徹』
「ん、」
『徹って、どうして父さんを殺してくれたの?』
「……?せやから、さっきも……、」
桐原が友香の頭を撫でながら不思議そうにみた。
すると友香は毛布を、きゅっと掴んだ。
『違う。徹は、そんな事するような人じゃないでしょう?』
「……」
『徹は優しいよ。優しい。こんなに汚い私を抱きしめてくれるんだもん』
友香が、はにかんだ笑顔を見せた時、桐原は友香を力いっぱいに抱き締めた。
「俺は……、弱い」
『うん、それもわかってるよ』
桐原は友香の頬をなぞるように唇を滑らせた。
桐原と友香の間には“共犯者”でも“仲間”でもない、違う感情が抱かれ始めていた。
「友香、好きや」
『ん、私も』
決して許されぬ恋。
いつかは終わってしまう恋。
人を殺めて、見つけた恋。
きっと、戻れないのなんか知ってる。
だけど二人は残された時間を、お互いの為に生きると決めた。
『徹、私達いつまで一緒にいられる?』
友香はよくこの言葉を漏らす。
不安げに桐原を見ては涙を流す。
そのたびに桐原は“俺が捕まるまで”と笑って答えた。
そうすると友香は困ったように眉を下げる。
『私も殺そうとしたのに』
「せやけど実際に刺したんは俺やし」
涙目で桐原を見る友香。
お互いを確かめるように抱き合い、ぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。
『こんなに好きなのに』
「俺かて好きやで?」
いつまで続くかわからない。
事件が公になってから4日経つ。
二人を引き裂く魔の手は、すぐそこまでやってきていた。
二人ともばかじゃない。
永遠なんてないことは知っている。
それでも言葉にしないといけないと焦燥感と共に二人は眠りについた。
「おやすみ」
『明日も一緒にいようね』
静寂が二人を優しく包んだ。
**********
『徹!徹、起きて!』
桐原が目を覚ますと朝である筈なのに、部屋の中が薄暗かった。
「な、に?」
桐原は眠たい目を擦り、昨日は友香を抱き締めながら寝たはずだと、ぼんやり考えながら体を起こした。
『警察』
「……そっか」
通りで眠たい筈だ。
桐原は携帯のディスプレイを見て時間を確認した。
午前4時。
『早かったね。なんか』
「そらな、警察なめんな」
『なんで徹が威張るのよ』
ドンドンと玄関の戸を叩く音がする。
警察の叫び声が聞こえたが、二人は全く動じず、いつものようにコーヒーを煎れてソファーへ座った。そして微笑みあった。
『……1週間も一緒に居れなかったな』
「そやね」
『もっと光と居たかったな』
「まぁ、俺が刑務所から出てくるまで会えへんな」
お預けや。と、俯く友香を余所に桐原は笑った。伝う涙はただ友香の服に染みを残すだけで、桐原も友香も拭おうとはしなかった。
外は騒がしい。
閉めきったカーテンに人影が映っていた。
『……徹』
「……行ってくるわ」
桐原はソファーから立ち上がり、友香の唇にキスを落とした。
深く、深く。
友香は苦しいのか、上から噛み付くようなキスをする桐原の肩を軽く叩いた。
『と、徹!』
「っ、友香……!」
桐原は友香の首に手を回して抱き締めた。
「続きは……、帰ってきてからやな」
『……徹』
涙に濡れた瞳で友香は桐原を見据えた。
何度も何度も確認するように名を呼び、声にならない声を絞り出した。
「一緒におったら……、俺、お前の事殺してまうわ」
桐原がゆっくり友香から離れようと腕の力を緩めた隙に、友香は自らの腕に力を込めた。
グチョリ
『徹、離れたくないよ』
桐原は見た。
友香の濡れた瞳に自分が映っていたのを。
そしてそれが血に染まっていたことも。
ああ、もう戻れない。
桐原は下腹部を押さえながら、友香に小さく微笑んだ。
外は警察の声で、うるさい。
ああ、全てが赤にみえる。
「あはは、刺し、たね?」
『とお、る……』
いつも一緒に座っていた筈の真っ白いソファーが赤に染まる。
「なん、で……?」
桐原は友香の肩を揺すった。正確には、よろめく体を友香の肩に捕まることで支えていた。
「俺が、嫌い、やったん?」
弱々しく、そして縋るように。
「俺は、友香が本気で好きやったん、やけ、ど」
裏切り、一瞬そんな言葉が桐原の脳裏を掠めた。
この4日間は作られたものだった?
やはり復讐するために俺に近づいた?
思考が追い付かないというように、途切れ途切れに言葉を紡ぐ桐原を見つめ、友香が軽く笑った。
『私、徹と離れるなんて考えられないよ……』
友香の頬を伝う涙は止まることを知らず、ただ床へとこぼれ落ちた。
そして友香は桐原の首に腕を回して、語り掛けた。
『私を闇から救ってくれたのは貴方。私にぬくもりをくれたのも貴方。だから、だから私のものにしたかった!』
友香は、ぎゅっと腕に力をいれた。
『決めてたの。警察が来たら徹を殺すって』
「……は、そんなん、」
カタカタと震えながら話す友香から少し離れ、桐原は弱々しいながらも笑って言った。
『とお、る?』
「はは、裏切られたかと思ったわ」
そう言って力なく笑う桐原は、自らの長い指を友香の髪にゆっくりと埋め、後頭部を支えた。
そして友香の首筋を舌でゆっくりと舐めた。
『ん、……とお、』
グジュッ
友香が身を委ねた刹那、目が見開かれた。
そして桐原が触れていた友香の首筋から血があふれ出た。
ゴキッ
グジャリ
「はっ……、ふっ、」
桐原の歯が友香の喉を噛みちぎるよるに食い込む。
ヒューヒューと酸素が漏れるような音が桐原の口元から鳴り響く。
苦しそうに酸素を求める友香は、声が出ないのか、驚ろいて桐原を押し退けようとする。
じたばたする友香の腕を桐原は強く握った。
「……友香だけ置いて行かれたくないやろ?」
桐原の口が優しく弧を描いた。
そこからは友香の物であろう血が滴っている。
その血が床に流れる桐原の血と混じるようにこぼれ落ちる。
どこかひとつになりたいとでもいうように。
その光景を見て、友香は困ったように笑った。
『とお……、る、す……きぃ』
「俺もや……!」
白いソファーは真っ赤に染まり、二人の血で溢れていた。
『幸せ、だよ』
「あんま、可愛い事言いなや。犯すぞ」
『はは、めっちゃ、好き』
横たわる友香の首に桐原がキスを落とした。
「俺等、なんで会ってしもうたんやろ……」
ドカッと音がして、部屋に警察が入ってきた。
部屋に充満した血の匂いと、横たわる男女の遺体が、すべてを物語っていた。
どうしてあの日に出会ってしまったのだろう。
もっと早く出会っていれば、殺人鬼にならずにすんだのに。
どうして愛し合ってしまったのだろう。
愛し合わなければ、こんな悲劇は生まれなかったのに。
『徹、大好きだよ』
「俺もや」
二人の涙が血を流して落ちた。
Fin…
ありがとうございました!
人を愛した殺人鬼
僕達はどうして出会ってしまったのだろう。
出会わなければ、愛なんか知らずにすんだのに……。
はじめまして、こんにちは。
恋音(れのん)と申します。
ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!
この作品は視点が私となっております。
二人の感情が入っているのは、二人の境遇を書いている部分だけです。(多分)
最初は、設定が設定ですので、皆様が感情移入しやすいよう、なるべく感情を表に出す作品にしようと思っていました。
ですが書いていくうちに、この世界にはこんな悲しい恋愛があるかもしれないんだ。という事を伝えたくなってしまったので、急遽変更しました。
正直途中でプロットを大きく書き直しました。プロットの意味って感じですね!笑
もし皆様がこのような恋愛をしてしまったらどうしますか?
してしまったら、と言う言い方は不適切かもしれません。
だけどありえない事では無いですよね。
この短編は4年前に作成し、それを今回リメイクして出させていただきました。ですので、皆様から感想を頂きながら完結というわけにはいきませんでした。後悔はしていません。
もしも感想を下さる方がいらっしゃいましたら、皆様の恋愛模様を教えてください(*^^*)
新作は長編で純愛ものとなっています。まだ未公開ですが、起承転結の起を書き終えたところです。
桐原と友香の恋とは違い、新作の二人は甘くて切ない恋愛をしてもらっています。
共通するのはお互い愛し合っていること。
もし皆様の目に留まることがありましたら、そちらも暖かく見守っていただけたら幸いです。
では、長くなりましたが、ここで失礼致します。
皆様が世界一幸せな恋をしていますように!
恋音-renon-