腕を組まれたままガラッと開けられたドアに一気に視線が集まる。
その視線に一瞬和也がたじろいだのが伝わってきた。


「…はよ、」


ぽつ、と和也が呟き俺の腕を引いたまま教室に入って行く。
そこには俺もギョッとしたがそのままにしておいた。


「響、お前の席窓際だって
でもどんまい!一番後ろじゃないみたい」

「そっか。和也はどこだ?」

「へっへーん
俺はその窓際の一番後ろです」


その言葉に俺も黒板に貼られてある座席表を和也の後ろから覗き込む。
座席表には窓際の一番後ろから2番目に俺の名前があり、


「ね、俺響の後ろなんだよ」


俺の後ろに和也が居た。


「退屈にはならなさそうだな」

「んもぉ!響くんってば素直じゃないなぁ!私の近くで嬉しいでしょ?」

「…いつそのスイッチ入んだ?」

「不定期よ、ふ・て・い・き
ほら、席行きましょ!」


パンサーは時に常識人さえもボケに回る時がある。
和也も俊司に比べればだいぶと常識のある方なんだが…、
どうも悪ノリ型だ。

和也に背を押され席に向かう。
その間、
男子からは敬意と畏怖。そしてほんの少しの凝視する視線と、
女子からはねっとりと纏わりつくような視線を…

毎度の事ながら思わず眉間に皺が寄る。

だが、和也の手に少し気も紛れた。






席に着き、窓から外をみると新入生の保護者が帰るところだった。
入学式は無事終わったみたいだ。


「保護者だけでも多いねー」

「そうだな」


和也の言葉に相槌を打ちながら話している時、


「和也おる〜?」


教室の入り口から大悟の声がした。
相変わらずの端整な顔立ちはあの頃よりも美しさに磨きがかかっている。
ただ、飄々とした雰囲気も相変わらずだ。


「おるよーん!」


大悟と同じ口調で答え、「ちょっと行ってくる」と残し、行ってしまった。

手持ち無沙汰になった俺は、窓の外にある桜の木を眺める。
桜をみて雅に思う事もなく、少し眠くなってきた。
周りは意図して見ようとしてこないのでちょうどよかった。



ふわふわ微睡んでいると


「響さん」


甘ったるい声が俺にかけられる。
その人物をみなくても分かる。
女の声だ

声をかけられてから数秒後。
ムッと、濃厚で甘くキツい匂いが漂ってきた。
気持ち悪い…
香水の香りだろう。

どんな香水をつけたらこんなドギツイ匂いになるんだ…
早くも逃げたしたい。

総長らしからぬ心境でいると、また呼びかけられる。


「響さん」


無視することは叶いそうもないから、仕方なく声をかけてきた女を見上げた。


案の定、
そこには俺のファンだという女が沢山の取り巻きを引き連れて立っていた。

その光景をみたことによってまた匂いが濃くなる。
ダメだ。吐きそうになる

頭の中で「吐きそう」という一言が回る。
その言葉を表情に出さないようにぐっと堪えると自然と冷めた目になってしまった。

ここで表情を変えれば絶対負ける。吐く。
そう、俺の中で何かが訴えかけてきた。

先頭に立っている女を含め、全員が俗に言う『パンダメイク』をしていて皆同じ顔にみえる。

前に美鈴が化粧をすると肌が荒れるとぶつくさ言っていたのを思い出す。

紫月はとことんミステリアスな族で、
紫月として行動するときは全員普段の格好からは想像がつかないほど派手な服装をする。
派手と言っても大人しく青系の色を使い、清楚かつ美しく見える。
だからかケバケバしさは感じない。
派手に見えるのは紫月のメンバーが造りのいい顔を濃いメイクで存分に引き立て、必ずカラーのウィッグやカラコンを入れるから派手に見えるのだと思う。

目の前の女達は厚化粧をし過ぎて肌がくすんでみえた。
髪の毛も茶系統の色で髪型も似たり寄ったり。
先頭の女だって、周りより一際目立つだけだ。
そして香水。
あきらかにつけすぎだろ…
それが束になって押し寄せたら…

現実と想像で本格的に吐きそうだ。


………なんで俺は化粧について語ってんだ?

そう俺が考え出した頃に向こうから話題を出してきた。


「響さん、紫月の総長に恋愛感情を抱いているとは本当ですか?」


今にも泣き出しそうな顔で胸に両手を当て、甘ったるい声できいてくる。

随分とストレートにきいてくるんだな。


「それに答えてどうする?」


自分でも驚くほど冷たい声が出ていた。
俺のその声音に一瞬にして肩を小さく竦め


「申し訳ありませんっ
出過ぎたことを申しました…っ」


取り繕うように頭を下げ、必死に謝ってくるが、俺の表情は変わらないし、言葉を発しようともしない。
それに居心地悪く感じたのか、


「失礼致します…っ」


取り巻きを引き連れ、すごすごと教室を出て行った。


「モテる男は辛いねぇ」


いつの間にか戻ってきた和也が声をかけてくる。

さっきの奴等に美鈴について教えてどうなる?
上手くいくようにでもしてくれるのか?

そんな感情が溢れてくる自分に内心嘲笑う。
ただでさえライバルが多いのに、あんな奴らの手を借りたら余計に美鈴が遠くなる。


「誰の手もいらねぇな」


喉から手が出るほど欲しいと思う人ができた。
今までの人生で初めて出来たものかもしれない。
また、窓の外を眺める。


ーーーーー桜が綺麗だな

不意に、そんな事を思った。
目の前で和也が微睡み始めた

長年いがみ合いが続き、喧騒に包まれているこの街。

そのことを忘れてしまいそうになるくらい、穏やかに桜が舞っていた。