ああ、嫌だ。

口内の感触がまだ残る。あの男が何のつもりなのか知らない。あ、消毒のつもりか。いやいや、そうじゃなくて、そんな非化学的で根拠もない使い古されたような言葉を淡々と吐くあの男の脳みその構造を探ってみたい。

本当に最悪だ。


いつもみたいに仏頂面で初歩的な所で照れる、灰原じゃない。


慣れた動作。絶対的な目。強引な力。


あたしの知る灰原千景じゃない。


嫌だ。


じゃあ、“いつもの”灰原千景なら良かったのか。違う、違うのに。もう、面倒くさい。キスひとつ位くれてやると、開き直ればいいのに。

あの男はそれさえも許してくれない。


あたしを見つめたやけに色を含んだガラス玉みたいな瞳が脳裏に浮かんでは、弾いて、残像のように消えてくれない。