「いえいえ。こちらこそありがとう」
そういった夕美の母に、それじゃあ、と言って背を向けた。
すると、
「健斗くん、」
と夕美の母が言った。
「はい?」
「あの子のこと………よろしくね」
やっぱり、まだ自分の娘に何があったのか知らないから心配らしく、不安そうな顔をして言ったその言葉に、
「………はい。夕美は俺が支えます」
力強く頷いた。
「迷惑をおかけしてすみませんでした!」
放課後、部活の時間。
二週間ぶりに部活に顔を出した夕美は、みんなにそう言って頭を下げた。
まだ顔には少しだけ痣がのこっているが、随分と治っていた。
あれから俺は放課後、部活が終わったあとに夕美の家に毎日通った。
最初はやっぱり元気はなかったが、少しづつ元の夕美に戻っていった。
「何があったかはわからないけど、無事でよかった!」
かなはそう言って夕美に抱きついた。
「ほんとに、すみませんでした」
「あ、ちょっと泣かないでよー!」
「怒ってない!怒ってないから!ね、須藤!」
絢さんから急に話を振られた須藤先輩は、
「お、おう。まぁ何もなかった………ってことではなさそうだけど、また戻ってきてくれて嬉しいよ」
動揺しながらも、そういった。
みんな、夕美に何かあったということは気づいているけど、何があったかは聞かない。
無理に聞くつもりはないんだろう。
不意に、夕美と目が合った。
すると夕美は少しだけ微笑んで、
“ありがと”
と小さく口ぱくで言った。
そんな夕美に少しだけ微笑み返したとき。
「おー?秘密の会話ですか?ん?」
後ろからからかうような声が聞こえた。
「………そういうんじゃねぇよ」
そう言いながら振り返ると、そこには案の定ニヤニヤ顔の透の姿。
「なんだよー。放課後の逢瀬を繰り返してついに………って思ったのに」
「アホか。放課後行ってたのはただの見舞いだっつの。なんもねぇよ」
ほんと、なんにも………。
「まぁまぁ、いんじゃないの?夕美ちゃん元気になったんだし」
今度は今まで俺たちの話を聞いていたらしい浩太が笑いながらそう言った。
「あぁ。それに、これからは俺が夕美のこと支えていく」
あの日、怖い、と体を震わしながら泣いた夕美を思い出す。
もう二度と、あんな思いはさせたくない。
「ヒュー。かっこいいねぇ。俺も惚れちゃいそう♡」
「てめぇ、人が真剣に話してんのに………」
「わー!ごめんごめん!!」
俺はふざける透の首を軽く締めるフリをする。
「いや、でもさ、お前はそれでいいのかよ」
透のその言葉に、俺は動きを止める。
「傍にいるだけで、」
「おーい、そろそろ練習始めるぞー」
ちょうどその時、須藤さんが部活開始を告げる。
俺は透には何も返事しないまま練習へと取り掛かった。
部活後、更衣室で着替えながら俺は悶々としていた。
―—————お前はそれでいいのかよ。
・・・・・それでいいのかよって言われても、どうすることもできねぇだろ。
「お疲れ様でした」
更衣室でしゃべったりしている先輩たちにそう一言告げて更衣室を後にする。
すると、
「健ちゃん」
更衣室を出てすぐ、待ち伏せしていたのか夕美が立っていた。
「おー、お疲れ。どうした?」
そう聞くと、夕美は一呼吸置いた後、
「ちょっと、話したいことがあるの」
と言った。
夕美のその真剣な表情に、これから何を話すかはだいたい予想ができた。
「・・・・・あぁ。わかった」
そう返事をすると夕美は歩き出す。
その後ろを、俺はゆっくりついて行った。
「今回はいろいろとありがとね」
二人でゆっくりと歩きながら、夕美は言う。
「いや、全然。痣、薄くなってよかったな」
顔にうっすらと残る痣を見ながらそう言うと、
「あ、うん。まだちょっと残ってるけどね」
苦笑いして痣をさすりながら夕美は言った。
「それで、話っていうのは」
夕美から切り出されたその言葉に、ドキッと胸が鳴るのが分かった。
「健ちゃんが、前に私のこと好きって言ってくれたでしょ?気持ちは嬉しかったんだけど、やっぱりまだ付き合ったりとかは考えられない。ごめん」
「・・・・・そっか」
俺の予想は、見事に当たっていた。
まぁ、普通に考えてそうだよなー。
「うん、まぁ気長に待つよ」
「え?」
目を丸くしながらこちらを向く夕美。
「俺は、夕美のこと諦めるつもりはないよ。夕美が振り向いてくれるまで待ってる」
そういうと、夕美は顔を真っ赤にして狼狽える。
「え、あ、その、なんていうか・・・・・うん。ありがとう。気持ちは嬉しい・・・・・のかな?」
夕美のその発言に、ブッと吹き出す俺。
「なんで疑問形なんだよ。そこは普通にうれしいって言っとけよ」
「う、うん!!嬉しい嬉しい!!」
「うわー、なんか気持ちこもってねぇなぁ」
「そんなことないよ!!!ちゃんとうれしいから!!」
「ははっ。わかったって」
そんなやり取りをしながら、俺らは帰路へとついた。