「なんか、一時でも好きだった人があぁなっちゃってショックだなー。元々はちゃんと優しかったんだけどね」




そう言って悲しく笑った夕美を見た瞬間、俺は優しく夕美を抱きしめていた。




「え、健ちゃ」




「よく頑張った」




戸惑う夕美にそう言うと、俺の腕の中でピクっと反応したきり動かなくなった。




「夕美は頑張ったよ。辛かったよな。よく我慢した。もう大丈夫だ」




そう声を掛けると、今度は小さく震えだしたと思うと嗚咽が聞こえ始めた。




「っこわ、怖かった・・・・・‼殺されるって、おも、思った・・・・・っ」




「うん」




「この一週間も、っ、いつあの人が家に来るかと思うと、ね、寝れなくてっ」




「うん」





「が、学校に行くのもっ、怖いっ・・・・・‼」




「・・・・・俺が、そいつから守ってやるよ」




「・・・・・う、うあああああ!!!」




夕美は今までの恐怖感が爆発したのか、俺にしがみついてたくさん泣いた。




―—————

———―…




泣きつかれたのか、それとも今までろくな睡眠が取れてなかったからなのか、数十分後にはベッドに横たわり寝ている夕美。




無防備にも顔は隠さずに寝ているから、今度ははっきりと顔が見えた。




そこには痛々しい無数の痣と傷跡があった。




ただでさえ殴られて目が腫れていたのに、泣いたせいで余計腫れた瞼にそっと触れた。




「ん・・・・・」



少しだけ顔を歪めた夕美に、ドキっとして慌てて手を離すと、タイミングよく夕美の母がドアから顔を覗かせた。




「あら、ぐっすり寝ちゃって」




ベッドで横になって眠る夕美を見て、夕美の母は少しだけ目を開いて驚き、だけど少しだけ安心したような表情になった。




「こんな怪我してきて、何も言わないし夜も寝れてないようだったから心配だったけど………すこしは安心してよさそうね。健斗くん、ありがとう」




そう言って夕美の母は微笑んだ。




「いえ、俺はなにも………」




夕美がこうなる前に、何かするべきだった。




もっと早く気づいてれば………。




「今日は遅くまですみません。お邪魔しました」




玄関先まで見送りに来た夕美の母に振り返って言う。




「いえいえ。こちらこそありがとう」




そういった夕美の母に、それじゃあ、と言って背を向けた。




すると、




「健斗くん、」




と夕美の母が言った。




「はい?」




「あの子のこと………よろしくね」




やっぱり、まだ自分の娘に何があったのか知らないから心配らしく、不安そうな顔をして言ったその言葉に、




「………はい。夕美は俺が支えます」




力強く頷いた。


「迷惑をおかけしてすみませんでした!」




放課後、部活の時間。




二週間ぶりに部活に顔を出した夕美は、みんなにそう言って頭を下げた。




まだ顔には少しだけ痣がのこっているが、随分と治っていた。




あれから俺は放課後、部活が終わったあとに夕美の家に毎日通った。




最初はやっぱり元気はなかったが、少しづつ元の夕美に戻っていった。




「何があったかはわからないけど、無事でよかった!」




かなはそう言って夕美に抱きついた。




「ほんとに、すみませんでした」




「あ、ちょっと泣かないでよー!」




「怒ってない!怒ってないから!ね、須藤!」



絢さんから急に話を振られた須藤先輩は、




「お、おう。まぁ何もなかった………ってことではなさそうだけど、また戻ってきてくれて嬉しいよ」




動揺しながらも、そういった。




みんな、夕美に何かあったということは気づいているけど、何があったかは聞かない。




無理に聞くつもりはないんだろう。




不意に、夕美と目が合った。


すると夕美は少しだけ微笑んで、




“ありがと”




と小さく口ぱくで言った。




そんな夕美に少しだけ微笑み返したとき。




「おー?秘密の会話ですか?ん?」




後ろからからかうような声が聞こえた。




「………そういうんじゃねぇよ」




そう言いながら振り返ると、そこには案の定ニヤニヤ顔の透の姿。




「なんだよー。放課後の逢瀬を繰り返してついに………って思ったのに」




「アホか。放課後行ってたのはただの見舞いだっつの。なんもねぇよ」




ほんと、なんにも………。




「まぁまぁ、いんじゃないの?夕美ちゃん元気になったんだし」




今度は今まで俺たちの話を聞いていたらしい浩太が笑いながらそう言った。




「あぁ。それに、これからは俺が夕美のこと支えていく」




あの日、怖い、と体を震わしながら泣いた夕美を思い出す。




もう二度と、あんな思いはさせたくない。




「ヒュー。かっこいいねぇ。俺も惚れちゃいそう♡」




「てめぇ、人が真剣に話してんのに………」




「わー!ごめんごめん!!」




俺はふざける透の首を軽く締めるフリをする。




「いや、でもさ、お前はそれでいいのかよ」




透のその言葉に、俺は動きを止める。




「傍にいるだけで、」




「おーい、そろそろ練習始めるぞー」




ちょうどその時、須藤さんが部活開始を告げる。




俺は透には何も返事しないまま練習へと取り掛かった。




部活後、更衣室で着替えながら俺は悶々としていた。




―—————お前はそれでいいのかよ。




・・・・・それでいいのかよって言われても、どうすることもできねぇだろ。




「お疲れ様でした」




更衣室でしゃべったりしている先輩たちにそう一言告げて更衣室を後にする。




すると、




「健ちゃん」




更衣室を出てすぐ、待ち伏せしていたのか夕美が立っていた。