少しずつ・・・・・。
「そんなことあるし!!前はもっと好青年だった!!」
「なんだよ好青年って」
少しずつ、
「重い荷物とか持ってくれそうな好青年!!」
「おー、か弱そうな子だったら持ってるかもなぁ」
少しずつ、夕美の中の“俺”という存在が大きくなればいいのに。
そんなことを思う俺は、毎日少しづつ、夕美をからかうようになった。
小学生みたいだけど、彼氏がいて俺なんか眼中にない夕美の特別になるにはその方法しかないから────。
その日も、いつも通り授業を受けていた。
次の授業が移動教室だったから蒼佑達三人と階段を下りていると、
「あ、いたいた!」
と言う声が後ろから聞こえた。
その声を辿るように振り返ると、そこには案の定夕美が立っていた。
「これ、部費の案内ね」
「おー、ありがと」
はい、といって手渡してくる夕美からそれぞれ受け取っていた時、
「そんでさ~」
ドンッ!
たまたま通りかかった女子の一人の肩が夕美にぶつかった。
大きく揺れる体。
傾く先には、階段。
「っ夕美!」
咄嗟の判断で腕を掴んだ。
そして、そのままぐいっと引き寄せたとき。
「っ、痛い!!」
悲鳴にも近いような声で夕美が叫んだ。
「あ、え、わりぃ」
落ないように夕美の体制を整えると、パッと手を離した。
すると、すぐにハッとした表情になり、
「ごめん!ちょっとびっくりしちゃって。助けてくれてありがと!」
そう言って少しだけ笑うと小走りで教室の方へと走っていった。
「……なぁ、俺そんな強く握ったように見えたか?」
そんな姿を見送った後、俺は他の3人にそう問いかけた。
俺の中では多少は加減をしたつもりで、そこまで強く握っていなかった。
だけど、夕美の痛がり方はなんか………
「すっげー痛そうにしてたよな」
透が俺が思ったことをそのまま口にした。
「あぁ、怪我でもしてんのか?」
蒼祐が不思議そうに言った。
「………いじめ?」
続いて浩太が呟いた言葉に不安が大きくなる。
「まぁ、もしかしたら自分でやった怪我かもしれねぇし。そんな心配することねぇと思うけど」
透はそういうけど、何故か俺は嫌な予感がしてならなかった。
それからというものの、普段学校で夕美を見かけたときは何か変化がないかとか、そういうことを気にかけていたけど何もなかった。
いじめかもしれないと考えたけど、むしろ友達とはみんなと仲良くていじめなんか考えられるような感じではなかった。
だけど、少しずつ変化が現れ始めたのは、それから少しのことだった。
「お前………それどうしたんだよ」
たまたま廊下で見かけた夕美の右頬が、真っ赤に腫れていた。
「あははー。ちょっと今朝寝ぼけてて躓いた拍子に机でぶつけちゃったんだよね」
苦笑いしながらそういう夕美の頬は、ぶつけたとかそんなレベルの腫れ方ではなかった。
「………本当はなにがあったんだよ」
そう俺が聞いても、
「本当も何も、机にぶつけたって言ってるじゃん」
と言って話そうとしない。
そして、
「じゃああたし用事あるから行くね!」
それ以上俺に何も聞かせないかのように去っていった。
やっぱりいじめか………?
そんな考えが浮かんだけど、学校での夕美を見る限りではそんなことやっぱり考えられなかった。
それから数日後、夕美の顔の痣もなくなってきた頃だった。
「けんちゃん………」
部活が終わって帰り支度をしている時、後ろから小さな声で呼ばれた。
振り返った先には、夕美の姿。
「どうした?」
そう尋ねると、ハッとした表情になり、
「あ、ごめん!なんだったっけ。忘れちゃった!」
と言って取り繕うように笑った。
「………そっか」
その頃は、夕美が何か言ってくるまで無理に聞こうとは思わなかった。
だけど、この時何がなんでも痣の理由を聞いとけばよかったと俺は後悔する。
季節は、だんだん暑くなってきた7月。
「夕美暑くないの?」
放課後の部活。
熱気のこもる体育館で、みんな半袖半ズボンの中、全身ジャージ姿の夕美にかなは怪訝な表情を浮かべる。
「あー、うん。まだ暑くないかな」
そう答える夕美の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
「なんか脱げない理由でもあるの?」
疑いのまなざしを向けるかなに、
「そんなことないよ!ほんとに、大丈夫」
夕美は笑って答えた。
そして数日後、夕美は部活をよく休むようになった。
週2回、多いときは週4回休むこともあった。
休日の練習も用事があるとか言って部活に顔を出さないことの方が多い。
かなに話を聞いてみると、クラスの友達の誘いも断るから付き合いが悪いとかでだんだん孤立していってるとか。
それは部活でも同じことで。
「夕美ちゃん、用事とかだったら仕方ないんだけど最近部活休みすぎじゃない?」
この日は3日ぶりに夕美は部活に来た。
そんな夕美にとうとう絢さんもしびれを切らしたらしく。
「一応バスケ部のマネージャーとして入部してるんだから、ちゃんと部活に来てもらわないと困るよ」
「はい・・・・・。すみません」
たまたま通りかかった中庭で、そんな会話を聞いた。