「あぁ。もういろんな泣ける話が載ってる本でさ。あれは電車ん中やバスで見るもんじゃねぇよ」




こんな時、自分の口からすらすらとウソが出てくることに感謝する。




「へー。健ちゃんがそんなに泣くくらいだから、相当感動する話なんだ。って言っても、健ちゃんは泣き虫だったね」




また、力なく笑いながら夕美は言う。




そして。




「外出、だめになっちゃった」




手の甲を目に当て、口元は笑いながら呟く。




「・・・・・あぁ」




「ごめんね、健ちゃん。せっかく、出かけようって約束したのに・・・・・」




ツー、っと手の甲で隠された夕美の目から涙が流れ落ちる。




「んなの、治ればいつでも行けんじゃねぇか」




その俺の言葉に、何度もうなずく夕美。





「う、ん・・・・・そう、だね。治れば、いつでも行ける、よね・・・・・っ」




「あぁ。どこにでも連れて行ってやる」




「・・・・・健ちゃん、ごめん。ごめっ、ね?」




夕美の謝罪が、いったい何に対しての謝罪なのかわからない。




外出ができなくなってしまったことへの謝罪か、それとも違和感を感じた時に言わなかったことへの謝罪か。









―—————転移してしまったことへの謝罪か。




「謝んな、謝ってんじゃねぇよ・・・・・っ。諦めるなって、夕美が言ったんだろ。まだ諦めんじゃねぇよ」




「ん・・・・・。諦めないよ。絶対、治ってみせるんだから・・・・・っ」




グッと唇を噛みしめて夕美は言う。





「あぁ・・・・・。俺も絶対、諦めないから。二人で頑張るぞ」




「うん。頑張る・・・・・!!」




ギュッと俺の手を握り締める夕美。




だけど、その手の力も以前と比べるとだいぶ弱々しくなっていた。




そんなことにも涙が出そうになる。




俺、こんなに涙腺緩かったっけ・・・・・。




涙をぐっとこらえ、口を開く。









「夕美、絶対治して退院しよう・・・・・」








それから夕美は、みるみる衰弱していった。




自分で呼吸することもままならずに、人工呼吸器もつけている。




他にも、体に繋がれたたくさんの管や機械。




「・・・・・健ちゃ、ん」




掠れるような小さな声で、夕美が呟く。




「ん・・・・・?どうした?」




ちゃんと聞こえるように、夕美の口元に耳を寄せる。




「私・・・・・生きてる・・・・・?」




「っ・・・・・あぁ、生きてる。夕美はまだ、生きてるよ・・・・・っ」




「よかった・・・・・」




そう言って、口元に少しの笑みを浮かべる。





その後、苦しそうな表情で息をする夕美。




そんな夕美の姿を見ていると、ある考えが頭を過る。




だけど、すぐに夕美との約束を思い出してその考えを振り払う。




「まだ・・・・・諦めて、ない・・・・・よ」




こんな状況でも、夕美はまだ生きるということを諦めていない。




「・・・・・夕美」




そんな夕美を見ていると、俺は罪悪感で胸がいっぱいになる。




「健ちゃ・・・・・泣かな・・・・・で?」




うっすらと目を開けて、夕美が俺に言う。




そして、細くなった腕を力なく上げ俺の涙を拭う。




「ごめ・・・・・っ。夕美、ごめんな・・・・・」




「健ちゃ、は・・・・・泣き虫、だなぁ・・・・・」




あぁ、そうだ。




俺は泣き虫なんだよ。



だから、夕美がいなくなったりしたらどうなるかわかんねぇよ・・・・・。




「・・・・・健ちゃん」




「・・・・・ん?」




「ありがと、ね・・・・・










愛して、る────」







ゆっくりと、目を閉じる夕美。




ピ─────。




「おい・・・・・夕美?夕美!!」




「夕美!?」




俺の叫び声を聞いて、廊下にいた夕美の両親が病室に駆け込む。





「なぁ、目覚ませよ・・・・・治して退院するって言ったじゃねぇかよ・・・・・なぁ、夕美」




ギュッと握り締めても、握り返してこない夕美の手。




病室に鳴り響く、一定の機械音。




医師が夕美の目にライトを当てたりする。




そして。




「1月12日、10時33分―—————















ご臨終です」




「うあぁぁ・・・・・夕美ぃ・・・・・っ」




夕美の母親が、その場に泣き崩れた。





「なぁ、起きろよ。夕美・・・・・頼むから目覚ませよ・・・・・っ」




「健斗くん、」




「これからたくさんいろんなとこに行くんだろ・・・・・約束したじゃねぇかよ・・・・・ちゃんと予定も空けてたんだぞ・・・・・」




「健斗くん!!」




夕美の父親に、肩を掴まれる。



「夕美は、亡くなったんだ・・・・・っ。もう、生き返ることはないんだ・・・・・!!」




「・・・・・う、ああああああああっ!!!!」




そのまま俺はその場に泣き崩れた。








・・・・・あれから、どうやって家に帰ったのか。




気づいたら俺は自分の部屋のベッドの中にいた。





何日経っているのかも分からない。




何もする気力がなくて、ボーっとベッドから壁を見つめる。




時々、ドアの向こうから母さんや親父の声が聞こえるような気がするけど、何を言っているのか全く頭に入らない。




夕美・・・・・どこにいるんだよ・・・・・。




なんで・・・・・死んじまったんだよ・・・・・。




「夕美・・・・・」




ゆっくりと体を起こす。




その時、視界に入った────カッターナイフ。




もういっそ、俺も夕美のところに行ってしまおうか………。