「俺も、その日は何も予定入れないようにしとく」
「絶対だからね!!この日はちゃんと空けといて!」
「わかったわかった。っと、じゃあそろそろ帰るな」
時計に目をやると、17時を過ぎていた。
冬ということもあり、窓の外は真っ暗になっていた。
「うん。ありがとね」
「気にすんな。じゃあまたな」
「またね」
満面の笑みで手を振る夕美。
そんな夕美をみて俺は、すっかり元気になっているんだと思っていた。
だけど、外出を一週間前に控えたある日。
「・・・・・え?・・・・・転移?」
再び夕美の両親に呼び出された俺は、信じたくない言葉を耳にする。
「肺に転移していたそうで・・・・・。余命1か月だそうだ」
その言葉に、何もかもが夢のように感じる。
眉間にしわを寄せ涙を堪えながら言う夕美の父親の言葉も、その隣で今にも泣き崩れそうな夕美の母親も、そんな俺らを傍らにあわただしく通り過ぎていく看護師たちも・・・・・。
何もかもが、夢であればと願う。
「前から違和感は感じてたようなんだが、外出が楽しみで言わなかったらしい。気づいた時にはもう・・・・・!」
夕美の父親は、悔しそうに唇をかみしめる。
「・・・・・そう、ですか。夕美は、今病室ですか?」
「あぁ。眠っていると思う」
その言葉を聞いて、俺は夕美のところへとゆっくり歩き出す。
なんで言わなかったんだよ。
違和感感じた時に言ってれば、助かったかもしれねぇのに。
外出なんて、治ればいくらでもできるだろ。
なんで・・・・・!!
「なんで・・・・・っ、夕美なんだよ!!」
ガンッ!!と壁を拳で殴る。
夕美が、何したって言うんだよ・・・・・!!
前の彼氏にDV受けて辛い思いしたのに、なんでまたこんな思いしなきゃなんねえんだよっ。
なんで夕美が・・・・・っ
「うっ・・・・・うあああっ・・・・・っ」
力なく、その場にしゃがみ込む。
神様なんて、信じない。
信じてないけど・・・・・もし、本当にいるのなら、夕美から病気を取り払ってください。
俺から夕美を、奪わないでください。
「夕美を・・・・・連れていくなっ・・・・・」
「ははっ、健ちゃん。その顔どうしたの?」
病室に入ると、ベッドに横たわる夕美は俺の顔を見て力なく笑った。
「こっち来る途中、泣ける本読んでたんだよ」
俺は、夕美に心配をかけないように嘘を吐く。
「そんなに感動する本だったの?」
本当に騙されたのか、それとも騙されたふりをしてくれているのか。
「あぁ。もういろんな泣ける話が載ってる本でさ。あれは電車ん中やバスで見るもんじゃねぇよ」
こんな時、自分の口からすらすらとウソが出てくることに感謝する。
「へー。健ちゃんがそんなに泣くくらいだから、相当感動する話なんだ。って言っても、健ちゃんは泣き虫だったね」
また、力なく笑いながら夕美は言う。
そして。
「外出、だめになっちゃった」
手の甲を目に当て、口元は笑いながら呟く。
「・・・・・あぁ」
「ごめんね、健ちゃん。せっかく、出かけようって約束したのに・・・・・」
ツー、っと手の甲で隠された夕美の目から涙が流れ落ちる。
「んなの、治ればいつでも行けんじゃねぇか」
その俺の言葉に、何度もうなずく夕美。
「う、ん・・・・・そう、だね。治れば、いつでも行ける、よね・・・・・っ」
「あぁ。どこにでも連れて行ってやる」
「・・・・・健ちゃん、ごめん。ごめっ、ね?」
夕美の謝罪が、いったい何に対しての謝罪なのかわからない。
外出ができなくなってしまったことへの謝罪か、それとも違和感を感じた時に言わなかったことへの謝罪か。
―—————転移してしまったことへの謝罪か。
「謝んな、謝ってんじゃねぇよ・・・・・っ。諦めるなって、夕美が言ったんだろ。まだ諦めんじゃねぇよ」
「ん・・・・・。諦めないよ。絶対、治ってみせるんだから・・・・・っ」
グッと唇を噛みしめて夕美は言う。
「あぁ・・・・・。俺も絶対、諦めないから。二人で頑張るぞ」
「うん。頑張る・・・・・!!」
ギュッと俺の手を握り締める夕美。
だけど、その手の力も以前と比べるとだいぶ弱々しくなっていた。
そんなことにも涙が出そうになる。
俺、こんなに涙腺緩かったっけ・・・・・。
涙をぐっとこらえ、口を開く。
「夕美、絶対治して退院しよう・・・・・」
それから夕美は、みるみる衰弱していった。
自分で呼吸することもままならずに、人工呼吸器もつけている。
他にも、体に繋がれたたくさんの管や機械。
「・・・・・健ちゃ、ん」
掠れるような小さな声で、夕美が呟く。
「ん・・・・・?どうした?」
ちゃんと聞こえるように、夕美の口元に耳を寄せる。
「私・・・・・生きてる・・・・・?」
「っ・・・・・あぁ、生きてる。夕美はまだ、生きてるよ・・・・・っ」
「よかった・・・・・」
そう言って、口元に少しの笑みを浮かべる。
その後、苦しそうな表情で息をする夕美。
そんな夕美の姿を見ていると、ある考えが頭を過る。
だけど、すぐに夕美との約束を思い出してその考えを振り払う。
「まだ・・・・・諦めて、ない・・・・・よ」
こんな状況でも、夕美はまだ生きるということを諦めていない。
「・・・・・夕美」
そんな夕美を見ていると、俺は罪悪感で胸がいっぱいになる。
「健ちゃ・・・・・泣かな・・・・・で?」
うっすらと目を開けて、夕美が俺に言う。
そして、細くなった腕を力なく上げ俺の涙を拭う。
「ごめ・・・・・っ。夕美、ごめんな・・・・・」
「健ちゃ、は・・・・・泣き虫、だなぁ・・・・・」
あぁ、そうだ。
俺は泣き虫なんだよ。