「こんなこと頼むのもどうかと思うが・・・・・あの子を、夕美を支えてやってくれないか」
真剣な表情で、二人は俺を見つめる。
「あの子ね、うなされているときいつも健斗くんの名前呼んでるの。あの子には健斗くんが支えになってるの」
どうか、最後まで夕美を支えてください。
そう言って、二人は頭を下げる。
「そんな、辞めてください。それに、頼まれなくても僕はずっと夕美のそばにいるつもりです」
俺のその言葉に、顔を上げ涙ぐんだ二人。
そして数日後。
夕美の片腕は切断された─────。
「健ちゃん、ちょっとそこのペン取って」
「はいはい」
手術から数ヶ月後、夕美は片方の腕は肩から下にかけて無くなった。
だけど症状がよくなってきているのか、以前より顔色のいい夕美がそこにはいた。
「今度ね、外出許可が出たの」
手帳の日付に、グルグルと印をつける夕美。
その印がつけられたのは、クリスマスの日だった。
「え、ほんとか?」
「うん。だから少しだけ、部活にも顔出そうかな。バスケ部やみんなにも会いたいし」
夕美は嬉しそうに笑いながら話す。
「そっか。じゃあ部活終わったら二人でどっか出かけるか」
俺がそう言うと、
「ほんとに!?やったー!」
と言って足をバタバタとさせる。
「おいおい。埃が立つからやめろ」
苦笑いしながらそう言うと、
「だってだって、楽しみなんだもん」
と笑う。
「楽しみっつったって、もうちょっと先だろ?」
クリスマスまではまだ二週間ほどある。
「楽しみなんだからいいのー。早く2週間経たないかなぁ」
ランランと目を輝かせながら手帳を眺める夕美に、笑みが零れる。
「俺も、その日は何も予定入れないようにしとく」
「絶対だからね!!この日はちゃんと空けといて!」
「わかったわかった。っと、じゃあそろそろ帰るな」
時計に目をやると、17時を過ぎていた。
冬ということもあり、窓の外は真っ暗になっていた。
「うん。ありがとね」
「気にすんな。じゃあまたな」
「またね」
満面の笑みで手を振る夕美。
そんな夕美をみて俺は、すっかり元気になっているんだと思っていた。
だけど、外出を一週間前に控えたある日。
「・・・・・え?・・・・・転移?」
再び夕美の両親に呼び出された俺は、信じたくない言葉を耳にする。
「肺に転移していたそうで・・・・・。余命1か月だそうだ」
その言葉に、何もかもが夢のように感じる。
眉間にしわを寄せ涙を堪えながら言う夕美の父親の言葉も、その隣で今にも泣き崩れそうな夕美の母親も、そんな俺らを傍らにあわただしく通り過ぎていく看護師たちも・・・・・。
何もかもが、夢であればと願う。
「前から違和感は感じてたようなんだが、外出が楽しみで言わなかったらしい。気づいた時にはもう・・・・・!」
夕美の父親は、悔しそうに唇をかみしめる。
「・・・・・そう、ですか。夕美は、今病室ですか?」
「あぁ。眠っていると思う」
その言葉を聞いて、俺は夕美のところへとゆっくり歩き出す。
なんで言わなかったんだよ。
違和感感じた時に言ってれば、助かったかもしれねぇのに。
外出なんて、治ればいくらでもできるだろ。
なんで・・・・・!!
「なんで・・・・・っ、夕美なんだよ!!」
ガンッ!!と壁を拳で殴る。
夕美が、何したって言うんだよ・・・・・!!
前の彼氏にDV受けて辛い思いしたのに、なんでまたこんな思いしなきゃなんねえんだよっ。
なんで夕美が・・・・・っ
「うっ・・・・・うあああっ・・・・・っ」
力なく、その場にしゃがみ込む。
神様なんて、信じない。
信じてないけど・・・・・もし、本当にいるのなら、夕美から病気を取り払ってください。
俺から夕美を、奪わないでください。
「夕美を・・・・・連れていくなっ・・・・・」
「ははっ、健ちゃん。その顔どうしたの?」
病室に入ると、ベッドに横たわる夕美は俺の顔を見て力なく笑った。
「こっち来る途中、泣ける本読んでたんだよ」
俺は、夕美に心配をかけないように嘘を吐く。
「そんなに感動する本だったの?」
本当に騙されたのか、それとも騙されたふりをしてくれているのか。
「あぁ。もういろんな泣ける話が載ってる本でさ。あれは電車ん中やバスで見るもんじゃねぇよ」
こんな時、自分の口からすらすらとウソが出てくることに感謝する。
「へー。健ちゃんがそんなに泣くくらいだから、相当感動する話なんだ。って言っても、健ちゃんは泣き虫だったね」
また、力なく笑いながら夕美は言う。
そして。
「外出、だめになっちゃった」
手の甲を目に当て、口元は笑いながら呟く。
「・・・・・あぁ」
「ごめんね、健ちゃん。せっかく、出かけようって約束したのに・・・・・」
ツー、っと手の甲で隠された夕美の目から涙が流れ落ちる。
「んなの、治ればいつでも行けんじゃねぇか」
その俺の言葉に、何度もうなずく夕美。
「う、ん・・・・・そう、だね。治れば、いつでも行ける、よね・・・・・っ」
「あぁ。どこにでも連れて行ってやる」
「・・・・・健ちゃん、ごめん。ごめっ、ね?」
夕美の謝罪が、いったい何に対しての謝罪なのかわからない。
外出ができなくなってしまったことへの謝罪か、それとも違和感を感じた時に言わなかったことへの謝罪か。
―—————転移してしまったことへの謝罪か。
「謝んな、謝ってんじゃねぇよ・・・・・っ。諦めるなって、夕美が言ったんだろ。まだ諦めんじゃねぇよ」
「ん・・・・・。諦めないよ。絶対、治ってみせるんだから・・・・・っ」
グッと唇を噛みしめて夕美は言う。