その言葉に今までオレの腕の中でカチコチに固まっていたサキの肩がピクンと震えた。


そして顔をあげると、何か言いたげに目をパチパチさせている。


「“誰のこと?”……なんつー、ボケすんなよ。お前しかいねぇから」


オレはもう一度サキの顔をオレの胸の中に埋めさせた。

正直、まともに顔見られんのが嫌だった。

自分でも聞いてて痒くなるぐらいの恥ずかしいセリフに、オレ今きっと耳まで真っ赤になってる。

サキの手が遠慮がちに伸びてきて、オレの脇の下あたりのシャツをキュッと握った。

それが彼女なりの答えだと思った。


ずっと欲しくて欲しくて……たまらなかったものが、やっと手に入った瞬間だった。

まだずっと抱きしめていたかったけど、オレは彼女の体をそっと離した。

サキは不安げにオレを見つめている。


すっかり雨が上がった夜空。

雲の隙間から月が顔を覗かせたらしい。

彼女の顔を蒼白く照らし出していた。

まだ涙で濡れた瞳がキラキラと輝いていて、吸い込まれそうに綺麗だと思った。


オレは顔を傾けて、ゆっくりと近づける。

彼女の目が閉じられたのを確認してから、もう一度、その唇に触れた。

柔らかくて、温かい唇。

たった今から、オレだけのもの。


全部、食べつくしてやりたい……。


そんなこと考えながら味わおうとしたその瞬間……。


「ちょ……押すなって……」


カサカサと木の葉が揺れる音とともに、聞き慣れた声が耳に届いた。


オレはサキから顔を離して、パッと振り返った。


公園の入り口横の植え込みがガサガサと動いている。

ハッ……そういうことかよ。


オレはたまたま足元に落ちていた、空き缶を拾うと、植え込みに向けて投げつけた。


「いてっ」


どうやら、空き缶は“ヤツ”にヒットしたようだ。