今........
驚いて顔をあげてくろをみる。
頬を少し赤らめて
くろが首を傾げる。
「あれ、違った?」
「違わない!
違わないけど......どうして?」
私、教えてないのに。
くろも聞いてこなかったのに。
するとくろは眉毛を下げて
ちょっと哀しそうに私をみた。
わからない.....。
「見かけたとき。
男の人が光って。
呼んでたから。
あの人、誰?
仲、良さそうだった....。」
ずっと気になってたけど聞けなかった。
消えそうな声。
思わずくろの手を覆うように握る。
私達を見かけたとき、
声が聞こえるほど近くにいたなんて。
あの日の、あの瞬間は
本当に私の人生を
変える瞬間だったんだ。
名前、あの時知らないって言ってたのに聞かないな、とは思ってたけれど。
まさか知っていたとは。
那都君とした予想は外れていたらしい。
そしてきっと今から言う事実は
くろを傷つける。
でも、言わなくては。
これから一緒に「恋人」として
くろと生きていきたいから。
受け入れて欲しい。
「あの人は、私の前の彼氏だよ。」
「おねーさんの彼氏.....。」
反復する声は明らかに暗かったが、
めげずに続ける。
「そう。
半年くらい前まで、同棲してて、
10年近く付き合ってた。
でも、半年前にサヨナラした。」
「そんなに長く.....
好きだった?」
「好きだった。」
「っ。
でも、別れた?」
「そう。
本当は半年前よりずっとずっと前から
駄目だった。
私が嘘をついてた。」
「嘘....?」
怯えながらも言葉を受け止めてくれようとする姿に愛しさが心に増えていくのを感じる。
更に握っている手に力を込める。
「彼が私のことを好きでいるっていう
嘘。ずっと前に彼の気持ちなんて私から離れてたのに。気づかないふりして、
見ないふりして、サヨナラがやってきた。
どこかでやっぱりなと思う癖に
彼しかいなかったから、
穴がぽっかりあいたみたいに
私の頭の中、何をしても
何を思っても真っ白だった。」
「今も.......?」
辛そうな声。
くろに話すことが本当に良いことかなんてわからない。
だけど、
くろには話したい。
くろがいなかったら
私に色は戻らなかった。
彼とサヨナラ出来なかった。
誰かを好きになんて、ならなかった。
こんなに誰かを欲しいと思わなかった。
何もせず後悔したくない、
初めてそう思った。
だから、そんな顔をしないで。
「違うよ。
真っ白だった私に、くろが色をくれたから。
鮮明な黒。
目の端に黒。
今まで見た、どんなモノより美しくて、
一瞬で心を奪われた。
何度もダメだと諦めようとするくせに
喉から手が出るほど欲しくて。
いつの間にか彼のことなんか、
どこにもいなくなってた。
そんなとき
あの日偶然彼に会った。
久々に会った彼はもう私の知ってる彼には見えなかった。
私、あの日、あの時、くろが私を見たとき。
くろを想ってた。
くろだけを望んでた。
彼に本当のサヨナラが出来たのも、
くろにこうして話してるのも
私が今、
くろしかみてないから.....っ。」
言葉の最後はくろの胸の中に吸い込まれた。