くろの「アトリエ」は公園の前の大通りから
少しはいった徒歩三分の住宅街にあった。


恐らくデザイナーズマンションであろう建物のエレベーターに乗り、くろは5階を押した。


その間も手首は掴まれたままで。


逃げないのに。



こちらを一度も見ないくろに
心のなかで訴えた。


扉がひらいて角の部屋まで進むと
ブラックシルバーのキーを器用に片手で取り出し、鍵を開けた。


取っ手に手をかけたところで
ようやくくろがこちらを向いた。



「ようこそ。」



ガチャリと音がして扉が開かれた。



玄関にはすりガラスのボードに
スプレーで「 atelier gen 」と
表記された黒いボードがおかれて、
その先に広がる部屋は
どこまでも白かった。



「これは、僕の部屋ね。
アトリエこの先の部屋。」


部屋に入ったとたん外された手を、
また繋がれて更に奥に進む。



リビング右手に黒い1つの扉。
そこにはシルバープレートが貼り付けてあり、
玄関のボードと同じ文字が綴られていた。

「アケテミテ?」

片言で進められるままに
取っ手に手を伸ばす。



黒い。


ドア横の机、椅子、ランプ、カーテン、壁紙も。
部屋の3分の1を占める引き出しも、
予想通り全て黒かった。



机の上にはバーナーようなものと彫刻刀が転がっていて、
隅っこに小学校の頃みたような糸鋸がおかれていた。
机の下にはドリルや工具らしきものが沢山あり、
いかにも「作業場」と言ったオーラを醸し出している。


感心してみていると、

「どう?」

くろが話しかけてきた。

「....黒い、ね。」

「そこ?」

何と言ったら正解なのだろうか。
考えているとくろが部屋を出ていってしまった。

機嫌を損ねてしまっただろうか。

一瞬そう思ったがすぐ帰ってきたくろのいたずらっ子のような顔をみて、
下らない思考だったと思い直した。


戻ってきたくろの手には白い箱。


それもよくみると薔薇の銀細工が施されている手の込んだ代物だった。


「可愛い...。」


「ありがとう。でも、見てほしいのはこっち。」


そう言って薔薇の1つを反転させて
くろが箱をあけた。