「水凪の国」
10.最期の願い
1
その夜は、何かしら人を不快にするような重苦しい空気が漂っていた。
王宮の離れに向かう回廊を足早に歩きながら、ラズ・ログは赤い髪をかきあげた。
王都を見下ろすその位置からはまだ賑わいを見せる大通りが、家々の灯火が作り出す星の隙間を縫いとめるように見える。
大通りを目で追えば、自然と大聖堂の丸い薔薇窓のステンドグラスが目に入る。
その奥、普段なら夜は暗がりに沈む墓地との間、今は赤い光がぼんやりと揺れる。
そこに、アクアがいる。
回廊と外とを隔てる列柱を過ぎるたび、柱につけられたランプが王女の白い頬を照らした。
今、彼女は王宮のもっとも西にある、離れに向かっている。
離れといっても、概観からすると王宮の背後に当たる四角い居住層の一部に変わりはない。
ただ、王や王女の住まう中心にある部屋とは、使われない部屋をいくつも隔てているために、それは離れと呼ばれるようになった。
そこに王妃が住んでいた。
王妃とラズ・ログの仲は悪いわけではない。
義弟のウェルター王太子は、どちらかというとラズ・ログに憧れているそぶりすら見せた。
それでも、民衆の噂話は王妃と王女との確執を好み、王妃に操られるひ弱な王太子を憂いている。
実のところラズ・ログにも王妃の真意は分からない。
だが、表立っての確執を感じていないのは確かだった。
ラズ・ログには王の後妻である王妃やその息子を憎む理由も、嫌う理由もなかった。
それほど王女は自由に振舞うことができた。
またそれを、王も許していた。
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